今年のポストシーズンは準決勝が面白かった。というと、3位千葉ロッテが、ペナントレースで優勝した福岡ソフトバンクを下した“下克上”に、痛快な感情を抱いた方が賛同なさるかもしれない。実は、そっちではない。3位巨人が、優勝した中日に敗れたセ・リーグの方である。
 中日が日本シリーズ進出を決めた10月23日は、2−0と中日リードで試合が進んだ。早く決めてしまいたい中日もなかなか追加点が入らない。とうとう8回表、無死一、三塁というピンチを招いてしまう。ここで小笠原道大にあわや同点ホームランかというライト犠牲フライを打たれ2−1。あの当たりが入らないところが、ナゴヤドームなのでしょう。
 なおも1死3塁、打者は4番ラミレスというピンチで登板したのは、セットアッパー浅尾拓也である。
 中日内野陣は極端な前進守備。1点もやらないという布陣。逆に言えば、ちょっと強い当たりでも間を抜けて同点になる。さあ、浅尾。渾身のフォークを打ったラミレスの当たりはどんづまりのショートゴロ。前進守備成功である。続く阿部慎之助をレフトフライに抑えて、1点リードのままチェンジとなった。

 実はこの試合、その後9回表に巨人が同点に追いつき、9回裏に中日サヨナラ勝ちという、すっきりしない展開をたどるのだが、今年の中日の本質がくっきり表れたのが8回表だと思う。つまり、浅尾は1死三塁のピンチで、1点もやらない投球をすることができる投手なのである。あのシーンで、2−1とリードを守ってベンチに戻ってこられる投手力こそが、中日をリーグ優勝に導いた。
 リーグ優勝が決まった後、落合博満監督がテレビのインタビューに答えていた(インタビュアーは長島一茂氏)。こう言ったのが印象的だった。なぜ本拠地ナゴヤドームで圧倒的に強いのかという質問である。
「狭い球場でやっているチームは、バッティングが雑になるね」
 これはおそらく、小笠原、ラミレス、阿部らに代表される巨人打線への批判だろう(もちろん、そんなことは口にしなかったけれど)。
 投手力で守って勝つ。強打の阪神、巨人をおさえて、中日が優勝したことには、大きな意味があると思う。

 実は、この傾向がきわめて顕著だったのが今季のメジャーリーグである。
 メジャーの準決勝も面白かった。フィラデルフィア・フィリーズ対サンフランシスコ・ジャイアンツ。ニューヨーク・ヤンキース対テキサス・レンジャーズ。大方の予想はナショナルリーグは投打ともに戦力の充実したフィリーズ、アメリカンリーグも、CCサバシアという絶対エースをもち、強力打線のヤンキースだっただろう。結果は正反対。総合力で劣ると評価されたジャイアンツとレンジャーズがワールドシリーズに進んだのだ。
 この4チームの準決勝がなぜ面白かったか。それは、メジャーを代表する強力なエースたちが真正面からぶつかったからである。それはまさに“投手の時代の到来”と呼ぶにふさわしい。

 その象徴といっていいのが、10月17日のフィリーズ対ジャイアンツ第1戦。フィリーズ先発はロイ・ハラデー。ジャイアンツはティム・リンスカム。
 ハラデーは今年、完全試合を達成し、地区シリーズ第1戦でもレッズ相手にノーヒットノーランを演じている。21勝。一方のリンスカムは3年連続奪三振王、サイ・ヤング賞2回。さあ、どうなる!?
 ハラデーという投手は、基本的にストレートを投げない。平均球速は150〜153キロくらいで、スリークオーターからスライダー(カットボール?)かチェンジアップ(シンカー?)。まあ、シンカーの方は、本人はストレートなどと言うかもしれないが、とにかく、全てのボールが内外角のコーナーいっぱいに鋭く落ちる。
 そりゃ、打てません。

 実は私にもこのボールを投げられないものかと思って、何度もスローを再生して研究してみた(アホでしょ?)。
 ツーシーム的な握りなのだが、かなり大胆にボールの下半分を持っているように見える。しかも、全球、同じ握りに見える(この辺は、多分間違いです)。そして、放すときに抜いたらスライダー、切ったらシンカーなんじゃないだろうか(もちろん、私が投げても満足に落ちませんが)。
 黒田博樹があるインタビューで、自分が現役のうちに日本に帰って、メジャー流のシンカーやカットボールなどを伝えたい、という主旨のことを言ったそうだ。それなら、ぜひ、ハラデーのスライダー、シンカーを伝えてほしいものだ。

 で、一方のリンスカム。こちらはとにかく真上から真下に投げ下ろす(子供の頃、父上と練習したフォームという逸話は有名ですね)。球速は148〜150キロくらい。しかし、このストレートが高めにいくと、打者は次々に空振りを繰り返す。真上から投げるので、伸びるのだ。もう一つの武器が、チェンジアップ(と本人は言っている)。日本流に言えば、要するにフォークである。これで3年連続奪三振王!
 リンスカムは実は小柄である。180センチ77キロ。細身の小さな体から繰り出すストレートは、見ているだけで気持ちがいい。見方によっては、きわめて日本人的なピッチャーである。日本の球児たちよ、これからは、みんなリンスカムの真似をしてみないか。そして、体のでっかい球児たちは、ハラデーでいこうよ。たのしいぞ。

 試合は――個人的にはどっちが勝ってもいいのだが――この日は、ハラデーがジャイアンツのラッキーボーイ、伏兵コディ・ロスに2本のホームランを浴びて、ジャイアンツの勝ち。リンスカムも絶好調ではなかったが、それでも二人の対照的な球筋を観察するだけで、十分満足な試合であった。
 ご存知のように、ワールドシリーズは4勝1敗で、ジャイアンツが勝った。リンスカムだけではない。マット・ケーン、マディソン・バムガーナーといった若手も、リンスカムと遜色のない内容で相手を牛耳っており、まさに投手力を前面に押し出した優勝だった。
 そのほかにも、フィリーズにコール・ハメルズ、レンジャーズにクリフ・リー、ヤンキースにはサバシアと、スーパーエース揃い踏みの準決勝(リーグチャンピオンシップ)でした。

 最後に、もう一人ふれておきたい。レンジャーズのコルビー・ルイスである。
 昨年まで2年間、広島カープのエースだった31歳。
 なにしろ、ヤンキースから2勝を挙げ、ワールドシリーズ進出の立役者となった。レンジャーズはワールドシリーズでは1勝4敗と敗れたが、その1勝もルイスが挙げたものである。
 ルイスに何が起こったのか。
 おそらく、一にも二にも、スライダー(カットボール)の精度である。
 左打者のインロー、右打者のアウトローに面白いように曲がり落ちる。デレク・ジーター(ヤンキース)など、スライダーの曲がりに体も目もついていけず、完全に体勢を崩して空振りしていた。

 ルイスはカープ時代も確かに左打者のインローに鋭く曲がり落ちるスライダーを投げていた。巨人の阿部慎之助などが、手も足も出なかったのはよく覚えている。ただ、その切れ味がアメリカに戻って、増したようなのだ。
 見ていると、ものすごく脱力していることがわかる。体に力みが一切ない。だから、しばしば、ストレートは138キロ程度だったりするが、不思議なくらい凡打になる。きっと手元で微妙に変化があるのだろう。日本にいるときは、少なくとも145キロは出て、ビシーっとコーナーを突いていたものだが(ただし、よけいなことを一言付け加えると、ワールドシリーズ第4戦では、カウントを悪くして仕方なく全力で投げた低めのストレートはホームランされていた。脱力というのは、いわば究極の舞台でたどりついた究極の境地だろうから、来季以降、同じことを続けるのは難しい面があるかもしれない)。 
 もう一つはマウンドの高さが関係しているようだ。カープではあまり投げなかった大きなカーブが鋭く曲がり落ちて有効なのだ。
 日本野球が彼を成長させたとしたら、それは技術的なことではなく、異文化体験だろうと思う。よくある「日本がルイスを育てた」的な言説は避けるべきだろう。
 現に、ルイスの好投を引き出すにあたっては、捕手ベンジー・モリーナのリードの力も大きく作用している。リード通りに投げられるコントロールも忘れてはいけないが。

 ともあれ、昨年までのカープのエースが、一年経てばワールドシリーズで勝利を挙げるヒーローになるとは。なかなか感慨深い。
 中日のセ・リーグ制覇、そしてメジャーのジャイアンツとレンジャーズとのワールドシリーズ。
 ヤンキースのスーパースターがぼかすか打って勝つ野球も、それと似た発想の巨人や阪神の野球も、少なくとも2010年は敗れ去った。
 そういえば、今年のドラフトで注目を集めたのは、斎藤佑樹、大石達也、沢村拓一といった大学生投手たちだった。
“投手の時代”という波がきているのかもしれない。リンスカムとハラデーを反芻しながら、新しい時代の予感を楽しんでいる。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
◎バックナンバーはこちらから