巨人の背番号15といえば、思い出すのは「エースのジョー」こと城之内邦雄だ。腕の位置はスリークォーターとサイドハンドの中間、打者にクルリと背を向ける独特のフォームで一世を風靡した。少年時代、帽子をあみだに被ってよく“城之内ごっこ”をやったものだ。
 日本ビール(現サッポロビール)から1962年に入団し、いきなり開幕投手を務めた。この年、24勝(12敗)をあげ新人王に輝いた。以降17勝(14敗)、18勝(16敗)、21勝(12敗)、21勝(8敗)、17勝(8敗)…と安定した成績でV9の初期を支えた。

「守りづらいピッチャーだった」。苦笑を浮かべてそう語るのはショートを守っていた黒江透修(プロ野球OBクラブ理事長)。「いわゆる逆球が多く内野手泣かせだった。しかしストレートにしろ、シュートにしろ、ボールに力はあった。ミスター(長嶋茂雄)などはシュートに腰を引くクセがあったので“味方でよかった”と思っていたんじゃないかな」

 黒江には忘れられないシーンがある。69年の対阪神戦。打席には左の好打者・藤田平。ベンチからサードとショートに対し、「左に寄れ」との指示が出た。黒江がソロリと三塁側に動く。ところが長嶋はベンチの指示を無視し、一歩も動かないのだ。「チョーさん、ライン際だよ」。黒江のささやきに対しても長嶋は聞く耳を持たなかった。
 ベンチは城之内のシュートを叩いても打球はライン際にしか飛ばないと踏んだのだ。ところが、である。快音を発した打球はサード長嶋の頭上へ。ジャンプ一番、かろうじて好捕した長嶋はベンチへの帰り際、してやったりと言わんばかりの表情で黒江にこう言った。「ジョーのボールの威力とタイラのスイングを考えたら、あそこに飛ぶんだよ」。黒江が舌を巻いたのは言うまでもない。

 時は巡り、「エースのジョー」の「15」を来季はドラフト1位ルーキー沢村拓一が背負う。彼は当初、エースナンバーの「18」を希望したようだが見送られた。時期尚早ということか。
 しかし考えてもらいたい。永久欠番の「14」は沢村栄治、同じく永久欠番の「16」は川上哲治。これに「15」が加われば競馬ではないが永久欠番の3連単である。こちらに挑戦するほうがはるかに価値があると思えるがいかがか。

<この原稿は10年12月8日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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