オリンピックや各競技の世界選手権勝つためには、選手個人の力だけではどうしようもない点がある。それは環境整備の問題だ。今日、世界各国で育成年代の強化やトレーニング施設に莫大な資金が投入され、五輪メダルを巡る争いは激しさを増している。もちろん、日本も例外ではない。各競技団体や国が連携しながら様々な施策が講じられ、ハード・ソフトの両面から充実が図られている。その中でもアマチュアスポーツ界の拠点となっているのが東京都北区にある味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)だ。そして、この施設を中心に育成に力を入れ、未来の五輪メダリストを育成するシステムが、JOCエリートアカデミーである。
 JOCエリートアカデミーは、卓球・フェンシング・レスリングの3種目において、将来のトップアスリートを育成するため2008年に創設された。第1期生は11名、現在は第3期生まで26名が全国から選抜され、NTCで生活しながら各競技のトレーニングに励んでいる。エリートアカデミーの成果は、早くも顕れはじめている。今年8月、シンガポールで行われたIOC主催のユースオリンピックでは卓球で谷岡あゆか(帝京高)が優勝、そしてレスリングでは宮原優(安部学院高)が48キロ級で金メダルを獲得している。ともにエリートアカデミー1期生。国を挙げての強化が、少しずつ結果に結びついている。

 柔道のベースがマットの上で活きる

 愛媛でレスリングのトレーニングを重ねていた村田は、姉が偶然手にした雑誌でエリートアカデミーの存在を知った。08年8月のことだ。高校進学を考えなければいけない時期に入っていたものの、愛媛県下では女子レスリング部は存在しなかった。村田にとって、エリートアカデミーの存在は、まさに“渡りに舟”だった。早速、家族とともにエリートアカデミーについて調べ始めた。

 村田の母・里香は、2年前の夏の出来事をこう振り返った。
「エリートアカデミーについては、存在も知らなかったんです。もちろん、受験の仕方も、応募資格もわからない。雑誌を読む限り、レスリングをする環境としては最高のものだと感じました。とにかく、ここに入るにはどうしたらいいかと考えて、レスリング協会に電話で問い合わせてみました。こちらの事情を伝えると、協会の方が“それなら、1回上京して話をしましょう”ということになったんです。

 このことをすぐに、八幡浜工業でレスリングを教えていただいていた栗本秀樹先生にお話したら、“お母さん、それならばすぐに東京へ行くべきだ”とアドバイスしてくださいました。それで、その週のうちに夏南子と一緒に東京へ行きました。協会の方からエリートアカデミーの説明を受けるだけでなく、色んな施設を見学することもできました。ちょうど、同じ頃、東京でレスリングの大学選手権が行われていて、偶然、協会の方がたくさんいらしていたそうです。そんな縁もあって、エリートアカデミーに入ることができたんだと思います」

 家族の協力もあり、エリートアカデミーへの道が少しずつ開けていった村田。しかし、いくら周りの手助けがあったとしても、本人にレスリングへの素質や適性がなければエリートアカデミーに入ることはできない。しかも、村田は幼少時から柔道を続けており、レスリングに関しての実績は皆無だった。

 この点について、“受け入れる側”であるエリートアカデミーコーチの吉村祥子はこう話す。
「エリートアカデミーが受け入れるのは第一に経験と実績を持った選手。次に運動能力が高く、体力的にも性格的にもレスリングに適性があると判断された選手です。これは日本レスリング協会の理事会で決定されます。村田の場合は、柔道で全国大会で活躍した実績がある上、身体能力も高かった。『柔道で培ったベースにレスリングの技術を教える』ことで、将来、オリンピックや世界選手権でメダルを狙える選手になれるという判断がされました」

 村田はエリートアカデミーの存在を知った半年後には、日本中から推薦された同年代のアスリートの中から選抜され、第2期生としてエリートアカデミーへ入学した。同期のアカデミー生とともにNTCで生活し、施設から近い安部学院に通い、レスリング部にも所属している。現在、NTCでの練習にプラスして、練習パートナーがたくさん集まる学校道場で強化を図っている。

 次々と結果を残す裏にあるもの

 エリートアカデミーで研鑽を積み始めた村田は、最高の環境下で、早速その素質を開花させる。4月に全日本女子レスリング選手権カデットの部60キロ級で優勝したのを皮切りに、JOC全日本ジュニアレスリング選手権、全国高校女子選手権と国内大会を制覇。国際大会でもアジア・カデット選手権60キロ級で優勝する。カデットとはレスリングの年齢別カテゴリーのひとつで、16歳から17歳のクラスになる。同年代の中とはいえ、村田の活躍には周りからも驚きの声が上がった。

 この活躍について、本人はどう思っているのか。その点を問うと、やや困惑した表情となり、「うーん……」としばらく考えた末に、こう続けた。
「同年代の選手に比べれば、力はあるかもしれません。でも、それ以外のことは、何か特別なことがあるのかわからないです。柔道をやっていたことが、役に立っているとは思うのですが……」

 エリートアカデミー生となれば、国がその素質を認めた選手である。ならば、兼ね備えた素質で世界の舞台で戦えるものなのか。この点について、吉村コーチは真っ向から否定した。

「それはもう、(村田の活躍は)特別ですよ(笑)。レスリングを始めて2年目の子が、国際大会で勝てるなんてことは、なかなかないことです。
 本人はがんばっているという自負があっても、何か他の人と違うという点については、わからないものです。彼女は性格もいいし、自分が今やるべきことをしっかりとやり切ることができる。その上、プラスアルファの努力ができる。本当に努力家ですね。本来、こんな短期間でレスリングの技を覚えるというのは大変なんですが、これほどの結果を残しているのは、彼女の努力の賜物だと思います」

 吉村コーチ自身も世界選手権を5回制し、レスリング殿堂入りを果たしている名選手である。そのコーチをして「努力家」と言わしめる村田の最大の武器は“努力できる才能”なのかもしれない。

(第3回へ続く)
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<村田夏南子(むらた・かなこ)プロフィール>
1993年8月10日、愛媛県松山市生まれ。幼稚園の頃から祖父が指導する棟田武道館で柔道を始め、小学5年、6年時に全国大会で3位に入る。中学では愛知県一宮市立大成中へ柔道留学し、2年時に全国優勝を経験。同年行われたチューリンゲン国際大会でも優勝を飾る。中学3年で吉田沙保里に憧れレスリングへ転向。地元で研鑽を積んだ後、JOCエリートアカデミー2期生に合格、現在はナショナルトレーニングセンターでトレーニングを行っている。全国高校女子選手権60キロ級連覇、JOCジュニアオリンピック・カデット60キロ級優勝、全日本女子選手権・カデット60キロ級連覇、アジア・カデット選手権優勝など多くの大会で頂点に立っており、今年7月にハンガリーで行われた世界ジュニア選手権59キロ級でも3位に入った。未来のオリンピック選手として将来を嘱望されるアスリートの一人。安部学院高校レスリング部所属。




(大山暁生)
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