国内外問わず、年代別の大会で次々と好成績をあげる村田は、一つの挫折を味わっている。今年5月、ユース五輪出場を懸けたアジア予選がウズベキスタン・タシュケントで行われた。60キロ級で村田は見事に優勝し、アジアの頂点に立つ。しかし、46キロ級ではエリートアカデミーの1期生であり、高校でも一緒にトレーニングしている宮原優が優勝を飾る。ユース五輪は全階級を通して、女子の代表選手は各国一人ずつしか出場できない。日本レスリング協会理事会はこれまでの経験や実績を考慮して、宮原を8月にシンガポールで行われたユース五輪に派遣した。その宮原は見事、ユース五輪で優勝し、脚光を浴びた。
 ユース五輪出場を逃がした村田は、悔しい思いを持ちながらも、7月にハンガリー・ブダペストで行われた世界ジュニア選手権へと向かった。この大会は本来、18歳からの大会であり、カデットで結果を出していた村田にとっては世代を超えた戦いになる。難しい戦いも予想されたが、村田は見事に銅メダルを獲得する。

 世界ジュニア選手権3位という結果について、吉村祥子コーチはこう話す。
「本人も悔しい思いをしたかと思います。それでも気持ちを切り換えて世界ジュニアで結果を残してくれました。夏南子は実力的には同年代で世界トップクラスです。私は彼女がユース五輪に出場しても、金メダルを獲ってくれたんじゃないかなと思っていますが、こればっかりはやってみないとわからないこと。しかし、ユース五輪に出られなかったことをしっかりと理解して、それをバネにがんばってくれました。17歳で銅メダル獲得は立派な成績です!」

 これまでいくつものトロフィーを手中にしてきた村田だが、過去の結果について、驚くほど執着がない。「これは祖父の教えが影響している」と母・里香は口にする。
「昔から、どんなにいい成績をとっても、それを自慢するようなことはないんです。私の父が亡くなる直前までいつも夏南子に言い続けていたことがあります。『勝ったことはその日に忘れろ。勝ったからといって、追われる立場でもなく、追う立場でもない。常にみんなと一緒なんだ。そして、明日の練習のことを考えろ』と。柔道を教えてくれた祖父の教えを今でも守って、それを実践しているんだと思います」
 ユース五輪に出場できなかった悔しい思いも、世界ジュニア選手権で3位になったことも、すぐに過去のこととなる。そして、明日のことを考える――。この教えが村田を、日々進化させているのだ。

 憧れの存在と真剣勝負できる日

 今後の村田が越えなければいけないのは年齢の壁だ。レスリングと同じくエリートアカデミーが強化に取り組んでいる卓球は、中学生でも成人選手と互角の戦いを見せることがある。現在、トップ選手として活躍する福原愛や石川佳純らも、年代の壁をいち早く乗り越えている。しかし、レスリングではそうはいかない。体がぶつかり合う格闘技という競技特性があるレスリングでは、体の成長段階に合わせて強化を行うため、トレーニングの度合いなどに年代別で差があり、身体の出来が全く違う。無理な挑戦をしてしまえば、力が通用しないだけでなく、ケガの原因にもなってしまう。とはいえ、年代別の戦いで結果を残せば、次は上の世代との戦いが待っているのも事実。自分たちが成人に達すれば、彼女たちを倒さなければ五輪への道は開かれないのだ。

 村田は昨年12月、オープントーナメントである天皇杯全日本選手権に59キロ級で出場した。2回戦で対戦したのは正田絢子。過去に4回世界選手権で優勝しているベテランだ。
 年代を超えたトップ選手との戦いを振り返って、村田は「全てが違いました」と口にした。
「スピード、パワーが全然違いました。自分の持っているものを少しでも出せればと思って試合に臨みましたが、完璧に封じられてしまいました。でも、強い選手と戦えて、勉強になりました」
 結果は完敗。歴戦の強者を相手に、全く試合にならなかった。ただ、正田は村田を破った後、決勝まで駒を進め2度目の全日本覇者となり、世界選手権に出場する。そこでも見事な戦いぶりをみせ、銅メダルを獲得している。村田は昨年の大会で世界屈指の強豪から多くのことを学び、この経験を成長するための糧とすることができた。

 今年の全日本選手権も12月下旬に開催される。村田は前年よりも階級を一つ下げ、55キロ級で大会に臨む。この階級には、絶対王者・吉田沙保里が君臨しており、今年も第1シードとして大会に出場する。
 実は、村田は吉田とトレーニングする機会に恵まれたことがある。NTCでの日本代表合宿の練習に、エリートアカデミー生である村田も参加したのだ。
 憧れの吉田とのトレーニング。間近で見る吉田の姿はカッコイイと思ったものの、夢の時間を愉しんだのは束の間だった。彼女のスピードに圧倒された。五輪を連覇している吉田の強さは別格だった。「とにかく、強かったです……」。吉田について、村田が持った感想は、これだけだった。

 23日に行われる大会では、その吉田と対戦する可能性がある。
 村田も経験を積んでおり、NTCでのトレーニング時よりも力をつけているはずだ。吉田と直接対決になった場合、村田にも勝機はあるのか。吉村コーチに聞いてみた。
「吉田選手と村田では、競技の経験値や理解度では足元にも及びません。おそらく練習なら10回やったら10回負けるでしょう。ただ、試合中は何が起こるかわかりませんからね。村田には、相手にはない“投げ”もありますから一発にかけたいと思います。しかし、今回は完全にチャレンジャーの立場です。仮に今回勝ったとしても、彼女がすぐロンドン五輪の代表になるかと言われれば、確率的にいえば難しい。村田にとって今は一つ先のリオ大会や、その次の大会のために貯金を作っておく時期です。何年か後に、吉田選手と戦った経験が生きてくるでしょう」

 2008年の夏、吉田の強さに憧れてレスリングへ転向した村田が2年後の冬、彼女に真剣勝負を挑む。まさに夢物語といえるだろう。数年後、村田が世界を制した時、真っ先に振り返るのがこの試合になるかもしれない。

(最終回へ続く)
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<村田夏南子(むらた・かなこ)プロフィール>
1993年8月10日、愛媛県松山市生まれ。幼稚園の頃から祖父が指導する棟田武道館で柔道を始め、小学5年、6年時に全国大会で3位に入る。中学では愛知県一宮市立大成中へ柔道留学し、2年時に全国優勝を経験。同年行われたチューリンゲン国際大会でも優勝を飾る。中学3年で吉田沙保里に憧れレスリングへ転向。地元で研鑽を積んだ後、JOCエリートアカデミー2期生に合格、現在はナショナルトレーニングセンターでトレーニングを行っている。全国高校女子選手権60キロ級連覇、JOCジュニアオリンピック・カデット60キロ級優勝、全日本女子選手権・カデット60キロ級連覇、アジア・カデット選手権優勝など多くの大会で頂点に立っており、今年7月にハンガリーで行われた世界ジュニア選手権59キロ級でも3位に入った。未来のオリンピック選手として将来を嘱望されるアスリートの一人。安部学院高校レスリング部所属。




(大山暁生)
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