12月21日から23日にかけて代々木第2体育館で天皇杯全日本レスリング選手権大会が行われ、男女あわせて21の階級で今年のレスリング日本一が決定した。村田が挑戦したのは最終日の女子55キロ級。14名の選手が参加し、第1シードには04年アテネ、08年北京五輪金メダリストの吉田沙保里が入った。村田は順調に勝ち上がれば、準決勝で吉田と対戦する組み合わせとなっていた。
 1回戦で吉田理乃と対戦した村田は、圧倒的なスピードで相手を翻弄する。第1ピリオドを6−0、第2ピリオドを4−0で取り、2回戦へ進出する。2回戦では同じ安部学院高校の後輩、坂野結衣と対戦。第1ピリオドの中盤で村田が右ヒザを痛めたような素振りをみせレフリーが試合を一旦止めたものの、大事には至らず試合を続行。高校の後輩に負けるわけにはいかない村田は1−0、3−1で坂野を下し準決勝の切符を手にした。昨年の天皇杯では59キロ級2回戦で優勝した正田絢子に敗退しており、同大会初のベスト4進出となった。

 一方の吉田は2回戦からの登場。圧倒的な強さを見せる吉田は第1ピリオド1分16秒で圧巻のフォール勝ち。全く危なげなくベスト4へ進出し、ついに村田との直接対決が実現した。

 柔道で日本一になったこともある村田は、北京五輪での吉田の活躍を見なければ、レスリングの世界に足を踏み入れていなかった。その吉田と2年後に公式戦で、しかも日本で最も大きな大会である全日本選手権で対戦することになった。味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)での練習とは違う、真剣勝負である。試合直前には2回戦で痛めた右足をアイシングしながら、吉村祥子コーチと入念に作戦を練った。相手は144連勝中の絶対王者である。五輪連覇だけでなく、世界選手権10連覇、全日本選手権は8連覇中。どの階級を見回しても、これほど盤石な強さを見せる選手は他にいない。強大な存在に、村田はぶつかっていくこととなった――。

 女王に肉薄した瞬間

 いよいよ、夢にまで見た吉田との試合が始まった。準決勝第1ピリオド序盤から吉田の素早い攻めに手が出せない村田。吉田はフォール勝ちを狙い、積極的に技を仕掛ける。
 吉田の4ポイントリードで迎えた1分20秒過ぎ、会場が大いに沸く場面があった。吉田が試合を決めるためフォールを狙った瞬間だった。村田はすかさず吉田を下から跳ね返し、逆にフォールを狙っていった。会場の視線を一身に受けた攻防、多くの観客がおもわず声を上げた。しかし、そこは連戦連勝の王者である。すかさず村田の動きを察知し、素早く体勢を立て直すと逆に3ポイントを奪い7−0としテクニカルフォールで第1ピリオドを吉田がモノにした。

 第2ピリオドは中盤で村田が吉田の足を取る場面が見られたものの、ここを難なく切り抜けられると、後は吉田のスピードと経験に圧倒され、村田が反撃を見せる場面はなかった。次々とポイントを奪われ、残り15秒となったところで吉田にバックをとられ万事休す。6−0でテクニカルフォールとなり、1ポイントも奪えずに闘いを終えた。

 試合後、吉田との対戦について村田は「自分とは、やはりレベルが違いました」と口にした。「下から捕まえにいこうとしたんですけど、捕まえることができなかったです。力の差は大きいと思います」。

 しかし、吉村コーチの評価は村田とは少し違った。
「夏南子の持っているものは見せられたのかな。(第1ピリオド終盤の攻防について)あそこでもう少し時間があって、点差も開いていなければ、本当にフォールできる所まで持っていけるんです。世界を見回しても、彼女があんなピンチになることはない。そういった意味では、確実に近づいています。(追いつくまで)半年なのか2年なのかはわからないけど、そこは頑張って行きたいですね」

 以前、NTCで吉田とトレーニングした時には「強かったです……」という感想しかなかった。そこから練習を重ね、初めての真剣勝負ではどんなことを思ったのか。
「自分がもっとレスリングの技を覚えていけば近づけるかもしれないと感じました」
 そして、こう続けた。
「吉田選手のところまでたどり着けて、負けてしまったけど、戦えてよかったです」
 村田は笑顔で、準決勝の感想を締めくくった。

 吉田に認められる存在

 吉田は決勝でもフォール勝ちし、大会9連覇を達成した。決勝では相手にタックルを決められ、今年初めてポイントを失ったものの、その直後、タックルから相手を持ち上げると、そのままフォールで試合を決めた。この勝利で自身の連勝記録を146と伸ばした。まだまだ彼女の時代は続く、そう予感をさせる圧勝だった。
 しかし、優勝インタビューで、彼女は危機感を口にしている。「下もどんどん伸びている。パワーを付けなければいけない」。吉田の言う“下”とは、間違いなく村田のことだ。この言葉こそ、成長を肌で感じた吉田が送った村田への最大級の賛辞ではないだろうか。

 全日本の表彰台で吉田沙保里と並んで記念写真に収まった村田夏南子が、偉大な先輩の残した足跡を辿り、オリンピックで金メダルを手にするのは2012年のロンドン、16年のリオデジャネイロ、もしくは20年大会になるのか。長い夢の序章のハイライトとして、2010年12月23日の吉田との対戦は、村田の胸に大切に残っていくに違いない。
「夢はオリンピックに出場して金メダルを獲ること」と話す17歳の物語は、まだまだ始まったばかりだ。

(おわり)
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<村田夏南子(むらた・かなこ)プロフィール>
1993年8月10日、愛媛県松山市生まれ。幼稚園の頃から祖父が指導する棟田武道館で柔道を始め、小学5年、6年時に全国大会で3位に入る。中学では愛知県一宮市立大成中へ柔道留学し、2年時に全国優勝を経験。同年行われたチューリンゲン国際大会でも優勝を飾る。中学3年で吉田沙保里に憧れレスリングへ転向。地元で研鑽を積んだ後、JOCエリートアカデミー2期生に合格、現在はナショナルトレーニングセンターでトレーニングを行っている。全国高校女子選手権60キロ級連覇、JOCジュニアオリンピック・カデット60キロ級優勝、全日本女子選手権・カデット60キロ級連覇、アジア・カデット選手権優勝など多くの大会で頂点に立っており、今年7月にハンガリーで行われた世界ジュニア選手権59キロ級でも3位に入った。未来のオリンピック選手として将来を嘱望されるアスリートの一人。安部学院高校レスリング部所属。




(大山暁生)
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