この緩やかに弧を描くような軌道は、どこかで見た覚えがある――。
 瞬間的にそんな記憶の断片をたぐりながら、長友佑都(インテル)のセンタリングを眺めやったような気がする。
 長嶋茂雄さんだったら、「センタリングのボールの、あのアークが……」とでもおっしゃるだろうか。
 サッカー・アジア杯決勝、オーストラリア戦の話である。
 0−0で迎えた延長後半4分。左サイドを駆け上がった長友は、相手DFをかわしてセンタリング。これをゴール前フリーのFW李忠成(サンフレッチェ)がダイレクトボレーで決勝点。おそらくは、あなたも何度となく見たシーンだろう。
 それにしても、長友という選手はすごいですね。東洋工業(サンフレッチェ広島の前身)が日本リーグの王者だった頃から、ぼちぼちサッカーも見てきたが、あれだけタフなサイドバックは史上初ではあるまいか。

 昨年のワールドカップ開始直前、下馬評のきわめて低かった岡田ジャパンに対して、イビチャ・オシム元監督が言った言葉が思い出される(厳密には覚えていないので、発言の要旨)。「このチームの発見は、長友と(キーパーの)川島永嗣(リールセSK)だ。長友は世界のどのフォワードに対しても対等にやっていけることを証明した」。
“街のオシム派”としては、さすがの炯眼といっておこう。

 アジア杯後、インテルへの電撃移籍が決まり、「長友」がもはや社会現象と化したのは、ご存知の通り。
 それにしても、90分、いや120分走り続ける走力、スタミナ。相手に体を入れる一瞬のスピード。小柄ながら屈強な身体……。
「世界一のサイドバックになりたい」という彼の口癖にも、もしかしたら現実味があるのかもしれない。

 ところで、まるでスローモーションのように、弧を描いて李に向かっていったあの球筋だが、では、記憶の片隅にあるよく似た球質とは、どこで見たものだったか。
 思案していて、ふと気づいた。
 前回のWBC決勝。これまた延長10回表に、イチロー(マリナーズ)が韓国の林昌勇(東京ヤクルト)から放った、勝ち越しのタイムリーである。
 あの時、林のボールもキレまくっていた。おそらくは激しく逆回転がかかっていたのだろう、わずかに弓状にスライスしながらセンター前に飛んでいった。あの打球の弧だ。

 国際大会の決勝で、勝利を決定づける軌道として描かれた弧。そこには、強靭さとともに、どこか柔らかさ、やさしさといったものが同居しているように見えた。
 強靭であること、タフであることと、柔らかくあること。ハード(hard)でありながら、ジェントル(gentle)であること。それがひとつのプレーに同居すること。そこには、決定的瞬間を制するための超一流の境地が、なにほどか表現されているのではないだろうか。

 イチローという選手は、まさにそれを体現している。例えば内野安打を打つときの、あの一塁への走り。しなやかというよりはゴツゴツとハードではないか。例えば、ホームランを打ったときのスイング。ホームランなのだから力強いはずだが、どこか緩やかで、優雅ではないか。
 あるいは、ダルビッシュ有(北海道日本ハム)。もちろん、長身を利して、150キロを超える豪球を投げ込む。ただし、彼のフォームはけっして力感にあふれているわけではない。すっと左足が上がり、しなやかにステップする。ボールを放すときの指先にだけ、渾身の力が入るように見える。

 これは、おそらくは昨年、前田健太(広島カープ)が到達した境地にも通底することだろう。彼は、投球の極意を「ゼロから100」と喝破した。つまりは、振りかぶって、ステップして投げにいくところまでは、力はゼロでいいのである。そのかわり、そうやってためた力を、リリースの時に一気に100にしてボールに伝える。ね、ここにも激しさと柔らかさが同居しているでしょう。

 その点、少々気になることがある。
 今キャンプの話題を独占しているルーキーたちである。
 斎藤佑樹(日本ハム)は、少し意識的に左足をきっちり上げて、大学時代のフォームを矯正しているようだ。評論家諸氏もそうおっしゃるし、確かにそう見える。いわゆる体の開きを抑えようとしているのだろう。しかし、最終的には上体の力で投げに行っているように感じる。

 もっとはっきりしているのは、澤村拓一(巨人)だろう。折り紙付きの剛球投手なので、1軍である程度は活躍すると思うが、体全体に、力があふれているように見える。最初から最後まで、一貫してとても力強い。
 大石達也(埼玉西武)も、もともと、上体の力を利して速球を投げるタイプではないだろうか。その意味では、先発転向もいいけれど、大学時代同様、抑えのほうが向いているのかもしれない。

 そんななかで、注目したいのは菊池雄星(西武)だ。1年目は肩痛で結局棒に振ってしまったが、今年はだいぶ回復したようだ。ブルペンの姿を見る限り、痛みを気にせずに投げている。
 菊池フィーバーが吹き荒れた一昨年の夏を思い出してほしい。彼の肩、ヒジの関節の異様な柔らかさが話題になった。地方予選の頃に、テレビに乞われては、ヒジを逆に曲げる、曲芸のようなポーズを披露していたものだ(予選の前からあれだけ騒がれれば、そりゃ人間、故障も起こします)。

 菊池があの夏に投げた154キロのストレートは、今でも記憶の中で色褪せることはない。じつに柔軟な腕の振りから、ゴーっと音のするようなボールを投げた。左右の違いはあるが、ボールを放す瞬間、やや顔を斜めにかしげる角度は、ダルビッシュと菊池はよく似ている。
 おそらくは、脱力した状態から一気に投げに行くため、かなり前(打者寄り)でボールを放すことができているのだ。そのための、顔の角度だと、解釈しておこう。
 大学生ドラフト1位の投手たちよりも、つい、菊池に期待をするゆえんである。

 投手の話ばかりになったので、打者にもひとこと。
 今季こそクリーンアップに定着してほしい中田翔(日本ハム)。ボールがバットに当たったときの、打球の勢いが違う。昨季放った9本のホームランは、いずれも見る者の視線を釘づけにするだけの魅力があった。ただ、イースタンでは記録となる30ホームラン(09年)まで記録しながら、なぜ、1軍で好調が持続できないのか。おそらくは、彼のスイングには力強さだけがあって、ゆるやかなところ、優しい要素がないのである。

 今季もまた、いろいろなフォームで試行錯誤するのだろう。その過程で、かのマエケンが「ゼロから100」を身につけたように、ハードかつジェントルの境地を体得してほしい。そうすれば、40本は打てるはずだ。
 二つの国際大会の究極の場面に出現した“二つの弧”には、われわれが繰り返し立ち戻るべき内実が詰まっているのである。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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