まだ3月になったばかりのウイークデーのナイトゲームだというのに、観衆なんと3万4722人! 3月2日に行なわれた東京ドームの埼玉西武−巨人オープン戦である。
 観る側の期待値がいかに高かったかの証左だが、その関心の大半は、西武先発のルーキー大石達也にではなく、巨人先発ルーキーの沢村拓一に向けられたものだったのではないだろうか。「巨人に怪物が入ったらしい」という高揚感が、まだ潜在的には巨人ファンとして、世に沈潜しておられた東京近辺の多くの人々の、ヒーロー待望論的興味を一気に掘り起こしたといおうか。
 斎藤佑樹(北海道日本ハム)人気に沸く球界だが、豊作といわれる今年の大学卒新人投手の中で、おそらく最も力のあるのは沢村である。ドラフトで大石に6球団が競合し、沢村は巨人が一本釣りに成功したというのは、あるいは日本野球が、2日の東京ドームのような人気を取り戻すための、天の配剤だったのだろうか。この国は、われわれのあずかり知らぬところで、そういう仕組みになっているのかもしれませんね。

 さて、巨人・沢村、西武・大石の先発で始まったこの試合、沢村はまさに集まった観衆の期待通りの投球を披露した。
 ストレートは145〜149キロ。スライダー、フォークもよくキレる。4回無失点、被安打1の快投である。
 なかでも3番・中島裕之との2度の対決は見応えがあった。
 第1打席は3−2のフルカウントまでいって、最後に何を投げるかと思ったら、アウトローいっぱいのストレート。ぐいっと伸びた分、審判の手が上がって、見逃し三振。
 さすがに中島も黙ってはいない。4回の第2打席は、再びカウント3−2にもつれこむ。そして、最後は一転してアウトローにスライダー。制球もよくキレもあったが、中島はこれを、体勢を崩しながらもうまく拾って、レフト前の技ありのヒット。リーグを代表する打者としての貫録を示したのでした。とはいえ、被安打はこの1本のみ。そりゃ、誰もが絶賛するしかない。3万4000人を超える大観衆も、きっと満足したに違いない。おお、沢村、すげえ。巨人に新しいエースが誕生したぞ、と。なにしろ、内海哲也や東野峻では、少々心もとないですからね。

 ただ……と、別にケチをつけるつもりはないのだが、彼の力感あふれる投球を見ながら、何かわだかまるものがある。力感があるというのはもちろん素晴らしいことだが、これで1試合もつのだろうかとか、1年間もつのだろうかとか、つい余計な詮索をしたくなる。球質は違うけれど、あの上原浩治みたいに、結局1年目が1番すごい成績だったりするのではないか、とか……。投球間隔の短さや投球動作の速さなど、ちぎっては投げるような リズム感は、たしかに上原を彷彿させるものがある。野手は守りやすい、という賛辞がまた聞こえてきそうだ。
 そのような特性を裏返していえば、投球フォームにある種の脱力系の部分というか、リラックスした瞬間が見当たらない。いってみれば、しなやかさが感じられないのである。
 大石の方は、この日はどうも調子が悪かったようで、論評は避ける。ただし、2回を無失点には切り抜けたのだが。

 実は、沢村よりも大きな期待感を寄せて観たのは、3回の1イニングだけ登板した西武の菊池雄星である。
 昨年は左肩痛で棒に振ったわけだが、この日は、結構思い切って腕を振っていた。見る限りは、故障明けの不安を感じさせない。この人には、沢村にはない、天性のしなやかさがある。しなやかに腕を振った後、軸足の左足がホームプレート方向まで出ていって着地する。躍動感がある。
 先頭の鈴木尚広にはストレートでセカンドフライ。続く長野久義にはスライダーが甘く入って、レフトフェンス際にあわやホームランという大飛球を打たれたが、松本哲也には、外角のストレートで押して、ショートフライに打ち取った。

 ストレートもスライダーも、まだまだ高めに浮くから、あぶなっかしくはある。ただし、3つのアウトをいずれもフライで取っていることには留意しておきたい。まだまだいいときの60%くらいの状態だが(球速も140キロそこそこ)、それでも、ボールがバットの上を通っている証拠である。高めで甘いが、伸びはあるということだ。
しなやかな躍動感は、自然に甲子園でのあの花巻東高の菊池投手の大活躍を思い起こさせる。登板を重ねることで、上半身と下半身の動きがしっくりくれば、ボールも低めにいくようになるのではないか。そうすれば、ローテーション入りもみえてくる。

 面白いのは評論家の見解である。2月20日の紅白戦を観た佐々岡真司さんは「投げる時に体が早く開いて、打者に正対してしまう」(「スポーツニッポン」2月21日付)と指摘した。3月2日の中継の解説を務めた桑田真澄さんは「フォームはこれでいいと思います。後は固めることです」とコメントした。
 おそらくは、菊池はこの両見解の中間にいるのである。確かに、悪い時は、体の開きが早くなって、打者にボールを見切られやすくなる。そこは彼のフォームのポイントになるのだろうが、基本的な形は2日のフォームでいいのではないか。投げて修正しながら固めていけば、きっとかつてのあの剛球が低めに決まるようになる。
 
 今年のキャンプは「佑ちゃん人気」に始まり「佑ちゃん人気」に終わったが、その斎藤も、同じ2日に札幌ドームで東京ヤクルトを2回無失点に抑えている。やっぱり、彼は「持っている」んですかねぇ。
 その日本ハムでは中田翔だろう。
 高校の先輩・西岡剛(ツインズ)に教わったという「右ヒジを締める」新フォームで、ホームランを量産している。
 中田は、よくフォームを変える打者である。甲子園で斎藤の早実と当たった時のこと。大阪桐蔭の中田は4打席抑えられたのだが、第3打席からステップの仕方を変えたほどだ。
 昨年の夏場、T−岡田(オリックス)の打法にヒントを得たのだろう。極端に重心を下げるフォームにした。9ホームランを放ったが、しかし、このフォームも続かなかった。そして、今年の「西岡打法」。
 ただ、「また続かないんじゃないの」という皮肉を言うのは、差し控えたいと思う。今の打法を、彼が信念をもって1年間貫いたら、ついに怪物候補が真の怪物に生まれかわるのではないか。

 中田はこれまで一軍で活躍できるか否かの分水嶺に立たされていたのだと思う。たとえば一昨年の巨人との日本シリーズで、代打で出てマーク・クルーンと対戦した打席がある。昨年の重心を落とす打法に取り組む半年前のことである。クルーンの速球にもフォークにもきっちりついていけるのである。ファウルで粘ることもできる。打てるのではないかとさえ思ったが、最後は空振りの三振。紙一重ではありながら、最後の勝負の瞬間には、バットでとらえきれない。
 そこが一流と二流の差とおっしゃるかもしれない。しかし、紙一重のところまで行きながら、三年間結果を残せずにきたのだ。
 その点、今年の西岡打法で、ついに彼はこの紙一重の壁を破ったと見たい。球際という紙一重の大きな段差をクリアし、今年はボールが拾える。そんな状態である。

 そもそも、中田は本質的にステップをして打つ打者である。T−岡田はノーステップで成功した。この打法の世界一の打者は、アルバート・プホルス(カージナルス)である。プホルスくらいの力があれば、ノーステップでもホームランが量産できる。しかし、日本人打者はノーステップのパワーではなく、ステップして、いわばしなやかに打ってほしい。たとえば、アレックス・ロドリゲス(ヤンキース)のように。ここにも、あるいは沢村と菊池の関係に似たものが横たわっているのかもしれない。
 ところで、オープン戦で印象的なのが、西武の若手打者達である。一様にスイングが強い。せこくなくて、飛ばそうとする意志を感じる。たとえば、浅村栄斗、岳野竜也。彼らは、もしかしたらブレークするのではないか。今年のパ・リーグは日本ハムだけじゃない。もしかしたら、西武が強いかもしれない。

 さて、きっちりステップをする打者で、どうしても忘れられない若手がいる。菊池の同期、堂林翔太(広島)である。
 こちらは、中田と違って、全く結果を残していない。一軍には帯同しているが、いつ二軍に行ってもおかしくないだろう。
 だが、背筋をすっと伸ばして構え、自然に大きくステップして打つ姿は、まさに優雅である。代打で出てきて無安打のままだが、変化球にもついていけるようになっている。
 たとえば、2月26日の対ソフトバンク戦。8回表に代打で出てきた。ソフトバンクの投手は岩嵜翔。ストレート、スライダーを投げ込んでくる。今年、中継ぎ、先発の期待のかかる若手だ。まずは、低めの変化球をレフト線へファウル。痛烈な当たりである。一転してインローに投げてきたストレートは、きわどかったが、きっちり見送った。ボールと見切っていた。ファウルのいい当たりは出たが、最後は、たぶん投げそこないのカーブにタイミングを崩されて、空振り三振。
 彼も、こんな打席を繰り返している。とらえた打球は惜しくもファウル。結局、最後は凡退。あたかも、中田翔が、紙一重の壁を突き破れなかった時期のように。
 
 しかし、バッティングの形はできている。変化球も、中島が沢村のスライダーを拾ってヒットにしたあの打席のレベルとはいわないが、その一段階前のレベルまではきているように見える。ついてはいけるのだ。ただ、まだ確実にヒットにはできない。
 彼は美しいスイングで、バットの芯でボールを捉えられる打者である。中田のように、あと一重の壁を今年こそ克服してほしい。
 斎藤で盛り上がり、沢村にどよめく。日本野球、おおいにけっこう。
 そんな中で、片隅から叫びたい。投げろユーセイ! 打てドウバヤシ!

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
◎バックナンバーはこちらから