サッカーは、結果が内容を蝕むことがある競技である。どれほどいいサッカーをしていても、不運な、あるいは事故としかいいようのない敗戦が続くと、徐々に内容もおかしくなってきてしまう。特に、選手と監督の信頼関係が固まっていないシーズン序盤戦は、毎試合が運命の分かれ道のようなものでもある。
 開幕戦、敵地で名古屋と対戦した横浜の出来は素晴らしかった。川崎Fから加入の谷口が中盤で将軍のごとき存在感を見せ、前年度王者を完全に圧倒する。昨年、両チームの間には勝ち点で20の差がついていたが、その差は完全になくなったか、もしくは逆転したかとさえ思わせる内容だった。
 あのまま逃げきりに成功していれば、横浜の選手たちがつかんだ手応えはほぼ揺るぎないレベルにまでなっていたかもしれない。だが、破壊的なスピードを誇るルーキーによって、つかみかけていた勝ち点3は1に削られてしまった。勢いは本物か、否か。答えはもう少し待たなければならない。

 サッカーは、結果が内容を育むこともある。「これはチーム内に不協和音が出かねないぞ」と感じさせるほどに低調な内容で黒星を喫しかけていた名古屋にとって、だから、ロスタイムの同点劇はあまりにも劇的だった。PKの瞬間、ベンチのストイコビッチ監督は恩師オシムよろしく、ピッチに背を向けて目をつぶった。
 彼にとって、単なるPKではない、もっと大きな意味を持つ場面だったということなのだろう。内容なき敗北は、当然のことながら内容ある敗北よりも大きなダメージをチームに与える。そして、名古屋はまさしく、内容のない敗北を喫しようとしていた。

 永井のスピードが、名古屋は救ったのだ。それは、別次元の速さだった。
 足の速さを売り物にする選手ならば過去にも何人かいた。だが、そのスピードはスペースへの飛び出しなどで発揮されることがほとんどで、永井のように、ボールを持った1歩目から相手をぶっち切るような選手はいなかった。このルーキーには、“アジアの虎”と呼ばれ、ブンデスリーガでも大活躍した韓国の英雄、車範根をも超える可能性がある。
「速い、その一言に尽きる」
 試合を観戦に来ていたドイツ人スカウトのトーマス氏は、驚嘆の色を隠そうともしなかった。おそらく、世界中のどんなスカウトに意見を求めても、これ以外の答えは返って来なかったに違いない。
 先発出場でも同じような結果を残せるのか。反転させてもらえない時はどうなるのか。まだまだ課題なり疑問点が残るのは事実。それでも、久々に「この選手は見ておいた方がいい――日本でプレーしているうちに」と胸を張って勧められるルーキーの登場である。

<この原稿は11年3月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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