11日、東日本でマグニチュード9,0の大地震が起きました。犠牲者の数は1995年の阪神・淡路大震災を超え、被害の大きさは戦後最大と言われています。さらに福島の第一原子力発電所が地震と津波の影響で機能が停止し、現在は大量の放射能漏れを防ぐための懸命な作業が行なわれています。その影響は首都圏にも大きく影響しており、電力供給のために東京電力による計画停電の実施、鉄道会社や企業、一般家庭においても節電が行なわれています。原発の冷却機能の復旧作業が着々と進められていますが、予断を許さない状況であることは間違いありません。
 こうした状況下、日本スポーツ界では大会やイベントの中止や延期が相次いでいます。今月25日に開幕が予定されていたプロ野球でも16日、臨時理事会が行なわれました。翌日、加藤良三コミッショナーと12球団の代表者が開いた会見で発表されたのはセ・リーグは予定通りの25日に、パ・リーグは被災地・仙台を拠点とする東北楽天や、被害状況の大きさを考慮し、4月12日に延期するというものでした。

 セ・リーグの強行開幕については、がっかりしたというのが正直な感想です。こういう状況だからこそ、両リーグが一致団結し、同じ方向性を示すことが重要だと感じていましたし、そういう結論を下すだろうと思っていたからです。しかも、選手会側の総意は「延期をし、同時開幕が理想」だったにもかかわらず、十分な議論がなされないまま答えを出したことに対しては疑問を抱かざるを得ませんでした。もちろん、様々な問題があったことは想像できます。しかし、誰もが納得できる理由を説明できないまま、単に「予定通り開幕します」では、「利益のことしか考えていない」ととられても致し方ありません。

 現在、首都圏では節電が叫ばれています。そんな中、25日の開幕は東京ドーム、神宮球場でのナイターが予定されており、東京ドームは翌日もナイターでした。しかも、デイゲームであっても、ドームでの開催は大量の電力を消費するのです。そこで、文部科学省からナイターの自粛が求められたセ・リーグは、開幕を29日に延期しました。これにも私は残念な思いしかありませんでした。「今、何が求められているのか。今後はどうすべきなのか」ではなく、あくまでも開幕ありきで決定したことに過ぎないと感じたからです。

 日本の芸能界の重鎮であるビートたけしさんはこんなことを言っていました。「こんな時、芸人は何もできない。芸とは暖かい部屋で、温かいご飯を食べ、ゆっくりとした中だからこそ、笑ってもらえる。今は自粛するしかない」。これに共感する方は少なくないのではないでしょうか。プロ野球も同じです。確かに選手たちのプレーを見て元気づけられる人々もたくさんいると思います。しかし、それはあくまでも復興の兆しが見え始めてからのことです。現在のように、未だにどうなるかわからない状況では、プロ野球を見る余裕などありません。

 そもそもプロ野球とは娯楽の一つでしかありません。何もプロ野球だけが特別扱いされるわけではないのです。そのプロ野球がなぜ、60年以上も続いてきたのか。それはファンに楽しんでもらえてきたからであり、それによって周囲から認められ、支えられてきたからなのです。ところが、加藤良三コミッショナーは「批判があるのは覚悟の上。甘んじて受けるのが私の責務」とコメントしたようですが、これについては「なぜ批判を受ける必要があるのか?」という新井貴浩選手会長と全く同じ疑問を抱きました。プロ野球は批判を受けては、成立しないものなのです。

 加藤コミッショナーには非常に期待していたところがあっただけに、今回の言動については、非常に残念でなりませんでした。加藤氏はもともとメジャーリーグに精通している方で、日本のプロ野球界に固執した考えの持ち主ではありません。ですから従来とは違うやり方で、プロ野球界の改革に向けて大きなリーダーシップを執ってくれるのではないかと思っていたのです。特に今回のように12球団がバラバラになりかけた時には、正しい方向に先導する役割を期待していたのです。

 というのも、球団の関係は決してきれいな横並びではなく、力関係は対等ではありません。特にセ・リーグにはそうした傾向が強い。ですから、代表者会議で少数意見を言うことをためらう気持ちも理解できます。そこで出番なのが、第三者の立場である加藤コミッショナーなのです。今回も加藤コミッショナーが「セ・パ同時開幕でいきましょう」と言えば、もっとすんなりと事が運んだかもしれません。そうすれば、これほど世間を騒がすこともなかったのではないでしょうか……。

 さて昨日、セ・リーグでは再び臨時理事会が行なわれ、パ・リーグと同じ4月12日の開幕と4月中のナイターは行なわないことを決定しました。これには本当にほっとしました。もし国からも一般世間からも理解が得られないまま、セ・リーグが強行開幕した場合、観客は激減することは想像に難くありませんでした。そうなれば、現在でも赤字を抱える球団が多い中、さらに赤字が増えれば、球団経営はたちゆかなくなります。再び球界再編、つまり「1リーグ制」への方に傾く可能性さえあるのでは……。そんな不安さえ抱いていたのです。ですから、セ・パ同時開幕のニュースを聞き、胸をなでおろす思いでした。

 もちろん、過密日程は免れませんし、4月12日の開幕も絶対とは言いきれません。こうした中ではフィジカル、メンタルの両面においてのコンディションの調整は例年通りというわけにはいきません。しかし、選手たちはどんな環境、条件であっても、ファンが納得するプレーを見せてほしいと思います。そうでなければ、それこそ被災者に元気や勇気を与えることはできません。こういう厳しい状況だからこそ、選手たちにはプロとしての誇りを高くもってプレーしてほしいのです。

 プロ野球はようやくセ・パ同時開幕という方向で落ち着きましたが、前述したように大震災の被害は拡大する一方であり、未だに終息に向かっているとは言えない状況です。今後もさまざまな問題が浮上することでしょう。しかし、その都度、12球団のフロントと現場が一緒になって話し合っていってほしいと思います。そして、私たちプロ野球OBも同じ思いでいるわけですから、うまく活用してもらい、野球界全体でこの困難に立ち向かっていってほしいですね。代表者だけで議論するのではなく、また選手だけで募金活動をするのではなく、フロント、現場、OBとあらゆる関係者が一致団結した姿を見せることも、復興への足掛かりの一つになると思うのです。

 最後になりましたが、今回の大震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された方々およびご家族の皆様には心よりお見舞い申し上げます。

 
佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
◎バックナンバーはこちらから