第170回 思わず飛び出した「来年また会いましょう!」
「車椅子ソフトボール&フレンドリーマッチ in Hiroshima」が10月26、27日の2日間、広島市の広島みなと公園にて開催されました。主催はNPO法人FOOT&WORK。理事長・下原唯千夏さんは私の大切な友人です。
FOOT&WORKは地域の高齢者障がい者福祉、メンタル・不登校の支援を通して、生活環境の向上を目指す事業を行っています。
車椅子ソフトボール&フレンドリーマッチは2日間にわたり、体験会と試合が終日続きました。盛りだくさんの大規模イベントで、常時200名近くの来場がありました。
実は今年で第2回の開催です。昨年の第1回の閉会あいさつで下原さんは「“来年もまた会いましょう!”と思わず叫んでしまった」とのこと。どうりで昨年から「2回目はきんさいね(来てね)」と何度も何度もお誘いをいただき。そうやって刷り込まれた私はついに来てしまいました。
試合も体験会もとにかく賑やかでフレンドリー。笑いが絶えません。
審判「ボール」
セカンド「ボールちゃうやろ~」
ギャラリー「これで打てたら(障害者)手帳返納ね!」「(車椅子ランナーに向かって)走れ走れ~」
ランナー「無理ゆうな、わし走れんじゃろ~」
思わず笑みがこぼれるやり取りが、至る所で繰り広げられていました。
さて、下原さんがなぜこの大会を開催しようと思ったのか、です。
車椅子ソフトボールの強いチームが地元にあり、軽い気持ちで試合観戦、体験ができたらいいと思ったんです。ところが聞けば聞くほど開催場所がありませんでした。下原さんは“大きいイベントをするつもりはない。こじんまりでいい”と場所を探し続けましたが、なかなか見つからなかった。駐車場を貸してくださる方がいても大抵は車止めや植栽があり、50メートル四方の野球場がつくれませんでした。ヘリポートは借りられない。できそうな場所が見つかっても、“ソフトボールは危ない”と貸してくれないという状況でした。下原さんはそれならばと、外野フェンスの外にさらにフェンスをつくり、その間に人を配置するなど、涙ぐましい策も提案したそうです。
「どうしてこんなに場所がないのか、パラスポーツはどうしてできないのか。“たかが場所なのに”と思うとどうしても開催したくなった」
そう話す下原さんから、めらめらと火が燃えあがっているのが見えました。
ようやく会場が決まった頃には、あまりにも多くの賛同者に囲まれていました。共催や後援がずらりと並び、なんと、39もの団体から協賛を得ていたのです。「これも、見てください」と手渡してくださったパンフレットはカラーで32ページの大作。「最初はパンフレットも作るつもりはなかったんです」。日程や選手紹介のページは5ページ。めくると協賛社の広告ページが延々と続く。「せめてものお返しというか。ああ、そういう意味でパンフレットってあるのね、ってわかったりして」と笑いました。
下原さんのただならぬ熱意と迫力で、多くの温かい気持ちが集まり、大会を成り立たせていました。
大会の目的は車椅子ソフトボールを知っていただくことのほかにスポーツを通してインクルーシブな社会を目指すきっかけとなる「集う場」をつくることです。
体験会参加者の中に視覚に障がいのある、梅木恵介さんがいました。中途で視覚を徐々に失い、この後まもなく全盲になるそうです。
バッターボックスで打つだけならできそう、と参加しました。周りから「球をよく見て~」と声がかかると、本人は「見えん」と返し、笑いをとります。
見えない人のことを理解したくて参加したのかと、お聞きしてみると、「自分はこれからまったく見えなくなる。でも見えない人のことを知りたいのではなく、車椅子の人の大変さを知りたい。どこかで車椅子の試乗っていうのも、どこでどうすればいいか分からない。でも今回は思う存分体験できる」と返ってきました。いろいろな人が集う場とは、こういうことなのだと実感しました。まさにインクルーシブな社会をつくり出しています。
下原さんは、終始笑顔でした。肩ひじ張らず、歩き回り、さりげなく過ごします。テントでは唐揚げをほお張って。ものすごいことを実現したと感じさせない、下原さんのお人柄です。
2日間のイベントを終え、最後の懇親会。下原さんは主催者の挨拶に立ちました。私は言うのかな~、どうかな~と楽しみにしていると、ついに言ってしまいました。
「また来年、会いましょう!」
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。