先月発生した東日本大震災は多くの犠牲者や被害を出し、その影響は今もなお続いている。
「報道を見聞きしていると、被災者の方にお見舞いを申し上げるどころの話ではない。我々にもできることがあるなら、何かやらなければ……」
 大阪に本社がある山本化学工業は16年前、阪神・淡路大震災を経験している。山本富造社長は地震の翌日、自身のブログを更新し、次のように呼びかけた。

(写真:被災地に送られたサバイバルスーツ素材のシート)
<3月11日に発生しました大地震に対しまして、心よりお見舞いを申し上げます。被災地の皆様のご苦悩はいかばかりかと存じます。
 弊社と致しましては、被災され皆様が避難されている体育館や避難場所の冷たい床や毛布の上から体の冷えを防ぐ、独立気泡体の合成ゴム素材(110cmx180cmほどのシート状の素材)を差し上げたいと存じます。
 この素材は、海難救助用サバイバルスーツに使用されているものです。米国のUL規格品で0℃で12時間人命を守る能力がある高い保温力が有ります。是非、被災地の地方自治体や自衛隊から要請を頂ければ、無償で差し上げたく存じます。
 被災地の皆様、気丈に頑張って下さい。>

 保温性素材を被災地へ

 大地震直後は支援物資のルートがなかなかなく、この呼びかけはすぐに実行には移せなかったが、ようやく3月23日、引越業大手のアートコーポレーションの協力で、宮城県にこのサバイバルスーツ素材を300枚送付するころができた。また29日には大阪青年会議所を通じ、さらに同じ素材を300枚、追加で送った。
「まだ東北のほうは寒い日が続くと聞いています。この素材を活用してもらって、少しでも温かく過ごしてもらいたいですね」
 今回の震災では大津波で住む家を失った人も多く、長期にわたる避難所や仮設住宅での生活が予想されている。季節はこれから春とはいえ、また秋を迎えれば、寒さ対策が必要になるだろう。このサバイバルスーツ素材は仮設住宅の床に敷けば保温効果が見込まれる。山本社長は復興までの間、ひとりでも多くの被災者が、この素材とともに快適に暮らせることを心から願っている。

 また、物資のみならず金銭面でも支援活動の輪を広げている。山本社長の友人でもある女優の藤原紀香さんが主宰するNPO「スマイルプリーズ☆藤原紀香世界こども基金」を通じた募金活動に賛同。義援金を送るとともに、多方面に協力を求めている。4月7日に大阪・梅田のブリーゼブリーゼで開かれる「バイオラバー健康セミナー」では、参加者に募金の呼びかけを行う予定だ。



 水辺の生活にも救命胴衣を

「今回の震災で多くの方が亡くなられたのは最大の原因は、地震ではなく津波です。大波に飲み込まれ、奇跡的に何かにつかまって命をとりとめたというケースも報道されていますが、救命胴衣をつけていて助かったという話は聞かない。もっと日本でもライフジャケットを一般的に普及させる必要性を感じました」
 日本は周囲を海に囲まれ、さまざまなプレートの境界に位置する。活断層が無数に走り、この先も地震や津波が、いつ、どこで起こっても不思議ではない。今回のような悲惨な災害を2度と繰り返さないため、山本化学工業は新しい救命胴衣開発に着手した。

 米国ではPFD(Personal flotation device)と呼ばれる救命胴衣が市民生活の中で活用されている。日本では救命胴衣といえば、船などの水上で着用するものとの認識が一般的だが、米国ではそうではない。水上はもちろん、水辺で川遊びなどをする場合にも万が一に備えて、PFDの着用が推奨されているのだ。特に子供に対しては着用を義務付けている州もある。米国ではこれらの施策により水難事故による死亡者が年々減少中との報告が出されている。

 実はこのPFDに山本化学工業のサバイバルスーツ素材が使われている。もちろん素材は米国のUL(Underwriters Laboratories=米国保険業者安全試験所)規格を満たしており、水
の中で一定の浮力を得られるようになっている。
「津波に限らず、日本は台風や集中豪雨による水害も少なくありません。夏場になると、水難事故で人が亡くなるニュースも目にします。どんなに泳ぎが得意な人でも、服を着たまま水中に放り込まれたら、思うようには泳げない。非常用袋に水や食料、懐中電灯などを用意するのと同じように、救命胴衣も各家庭で常備するようになってほしいと感じます」
 
 山本化学工業のサバイバルスーツ素材の強みは先にも触れた保温性にある。救命胴衣の力で浮くことができても、冷たい水の中で体温を奪われては体力が消耗してしまう。浮力があり、保温にも優れたライフジャケットは何より求められるものだ。山本化学工業では新しい救命胴衣を4月末に披露すべく、急ピッチで作業を進めている。

 ゼロポジション水着の製造で産業支援

 今回の震災では東北地方の取引先も多くの被害を受けた。山本社長は復興への動きが軌道に乗った段階で、産業や雇用を支援すべく、被害を受けた取引先へ優先的に仕事を依頼するよう計画中だ。前回まで当コーナーで何度か紹介した「ゼロポジションスイムウェア」は、いよいよ4月8日に第1弾が発表される。今回は選手のトレーニング用に主眼を置いた浮力の小さい『Z-po05』を先行して発売し、順次、『Z-po10』『Z-po15』と浮力の大きな一般向けの水着を世に送り出していく予定だ。

 これらの“ゼロポジション水着”や新救命胴衣の製造を被災地で行えるようになれば、それもまたひとつの復興支援になる。
「たいした助けにはならないかもしれません。でも、何か少しでも皆さんのお役に立ちたい」
 山本社長はこれまでに会社で培ってきた技術やノウハウを生かし、これからも被災者をサポートする活動を続けていきたいと考えている。

 山本化学工業株式会社