東日本大震災を受け、山本化学工業もさまざまな復興支援活動を展開していることを前回、紹介した。中でも甚大な津波被害を踏まえて、緊急開発された浮力と保温性を兼ね備えた災害用胴衣は、4月28日に発表されている。今回は山本富造社長に、この胴衣、そして、さらなる新製品について当HP編集長の二宮清純が訊ねた。

 一般向けの胴衣を

二宮: 今回、発表された胴衣はアウターのベストタイプとインナーのジャケットタイプの2種類から構成されていますね。
山本: これらをそのまま着れば、水の中でも浮くことができますし、インナーが背中の部分に畳み込んである(写真)ので、それを広げて羽織ると体の冷えを防げる。インナーとアウターは取り外すことも可能です。震災後も大きな余震が続き、津波がまた起こるかもしれない。津波だけでなく、近年はゲリラ豪雨による水害も各地で起きています。一刻も早く、世の中に出さないといけないとの思いで製作しました。

二宮: 今回の大津波でもこういった水の中で浮く胴衣があれば、助けられた命もあったのでしょうか。
山本: そうですね。確かに津波は濁流のように押し寄せていましたが、内陸では、その勢いは弱まっていた。水面に顔を出すことさえできれば、救助される方々も増えたのではないでしょうか。

二宮: 1万5000人近い方々がお亡くなりになり、まだ1万人以上の行方が分かっていません。
山本: たとえば、これにICチップを埋め込んだり、QRコードで、本人の名前や住所、血液型、アレルギーの有無、連絡先などの情報を登録しておけば、すぐに身元が判明し、医療処置も直ちにできます。もし、海に流されても塩水で発電できる海水バッテリーを内蔵することでフラッシュライトを光らせて居場所を知らせたり、GPS機能チップで空から居場所を追跡できればと思います。今回発売した胴衣にはQRコードを標準で装備してます。このQRコードの情報は弊社で大阪、東京、岡山にバックアップデータを持っていますから、緊急時にもデータを守れるシステムになっています。

二宮: しかも、ただ浮くだけでなく、保温性もある。水中では体が冷えてしまうだけに、この2つの機能を併せ持った胴衣は今後、ますます需要が出てくると思われます。
山本: この胴衣の素材は海難救助用サバイバルスーツに使われているものです。長く水の中にいても、体の冷えをある程度は抑えることができるんです。そうすれば、もし救出まで時間がかかっても、命を落とさずに済む可能性が高まる。

二宮: こういったものが今までなかったのが不思議なくらいですね。
山本: 日本で救命胴衣といえば、船などに乗った時に着用するものという認識が一般的でした。定められた胴衣の規格も、それが前提になっている。津波や水害の避難用としては想定されていないんです。だから今まで培ってきた技術を駆使して、一般向けの胴衣をつくりたい。それが今回の震災に対して、会社としてできることではないかと考えました。ぜひ、海沿いや川沿いの家や学校、老人福祉施設はもとより、あらゆる場所の住宅、会社などでもこの胴衣を常備していただけるとうれしいですね。この胴衣は地震時には頭から被っていただくと、避難中の頭部保護にもなります。

 放射線を遮蔽する素材

二宮: 今回の震災では津波に限らず、原発事故による放射能汚染も問題になっています。
山本: 実は10年ほど前まで、医療機関で使用するX線の遮蔽防護エプロンを製造していた時期がありました。このところは製造を中止していたのですが、今回、原発の問題が出てきて、どこからどう調べたのか、「X線の遮蔽防護エプロンをつくっていたなら、放射線だって防げる素材ができるのでは?」と問合せをいただいています。確かにX線の遮蔽防護に使っていた素材は鉛の化合物が入っていました。これはガンマ線もある程度、遮蔽することができる。

二宮: 今、福島第一原発の近くで作業している方々は厳重な防護服を着用していますね。
山本: でも、あれは放射能物質が体に付着するのを防ぐものです。そこから出てくる放射線の影響は受けてしまう。だから、作業員は基準以上の放射線が測定されたら、現場から離れなくてはいけないのです。
 そこでX線の遮蔽防護素材を応用して、防護服のインナーとして着用できる放射線遮蔽ベストやパンツを開発できないかと考えています。これができれば、少しでも現場の作業員が放射線を浴びて被爆をするのを防げるのではないかと思っています。

二宮: もし、そういった素材があるのであれば、一刻も早く福島に届けたいと考えるのは私だけではないでしょう。
山本: しかも、以前つくっていたX線遮蔽防護エプロンはゴム素材になっていますから、従来のものに比べ約25%軽くて動きやすいという利点がありました。縫製もウェットスーツで使っている方法を使えば、接着してシームレスに近いかたちにできる。普通に縫製すると、縫い目からすき間ができて、放射線が通過侵入してしまうんです。我々にはウエットスーツで水がしみこまないように素材をつなぎ合わせる技術もありますから、それも利用できる。

二宮: このプランはどのくらいの期間で実現しそうでしょうか?
山本: 製品自体はつくろうと思えば、いつでもできます。ただ今回のような原発事故は日本では前例がない。だからどのくらい放射線を防げれば、製品として発表してよいのか基準がないんです。その部分をどうクリアするかが課題です。ただ、着ないよりは着たほうが放射線は確実に防げる。今回の事故は長期化の様相を呈しています。現地で作業している方々や、近隣で生活している方々のことを思えば、我々の持っているノウハウで少しでもお役に立ちたいですね。

(つづく)

 山本化学工業株式会社