“神戸・武藤獲り”名古屋が与えた衝撃
移籍にまつわる話というのは、ミュンヒハウゼン男爵に話を聞くようなもの、と自分に言い聞かせている。ありそうでなさそうなホラ話。実際のところはもう少し信憑性は高いのかもしれないが、現実寸前にちゃぶ台返しがあるのもこの世界。ま、話半分ぐらいだと思っておいた方がいい。
ただ、前日付のスポニチには驚かされた。名古屋が神戸のFW武藤嘉紀獲得に乗り出したという。
マジ、ですか。
言うまでもなく、武藤は2連覇を達成したチームの中核である。今季のMVPである。そんな選手に移籍の話が持ち上がる。獲得しようとするチームが現れる。欧州で言うなら、バルセロナの、バイエルンの、パリSGの主力を、リーグ11位のチームが引き抜きにかかるということである。
ありえない。
ちょっと前、日本のプロ野球では、巨人が阪神の大山獲得に動く、というニュースがあった。阪神ファンとしては不調に終わって何よりだったが、では、いまだかつて阪神が、巨人の主力を本気で引き抜きにいったことがあっただろうか。そもそも、引き抜きを考えたことがあっただろうか。
たぶん、ない。
どんなスポーツであれ、プロリーグの歴史を重ねていけば、ある程度のヒエラルキーのようなものが生まれてくる。端的に言えば、引き抜く側と引き抜かれる側。引き抜く側が選手をリリースするのは、戦力外と判断された場合がほとんど。ところが、30歳を超えたJリーグでは、「絶対に必要な選手」とチームのフロントが言い切る選手に対して、本気でオファーをかけるライバルがいる。
凄い。
63年に始まったブンデスリーガで、90年代、バイエルンから選手を引き抜こうとする動きはあったか。デルハイエを、マテウスを、エフェンベルクを抜かれたボルシアMGが、ルンメニゲを獲得しようと動いたか。
動きはもちろん、発想すらなかった。ハンブルクやドルトムントについても、同様のことが言えた。
そう考えると、Jリーグにおけるヒエラルキーは、依然として固まっていない、と言っていい。よく言えばいまだ伸び盛り、悪く言えば未成熟。欧州の名門クラブの多くが相変わらず強豪であり続けているのに対し、日本では10年に満たないスパンでリーグの主役が入れ替わっている。5年前、川崎Fの現在をわたしはまったく予想できなかった。
とはいえ、永遠に成長し続ける子供がいないように、伸び盛り、未成熟なJリーグにも必ずや、“骨”が固まる時期がやってくる。リーグ内における“上がり”というか、そこに所属することがJリーガーにとって最高の栄誉と見なされる存在が、定まってくる。
創成期はヴェルディが、21世紀に入ってからはレッズが担いかけたその立場に、近年もっとも近づいていたのが神戸だった。
それだけに、その主力を引き抜きにかかった名古屋の動きが与えたインパクトは大きい。ここ数年で定まりつつあった神戸とのパワーバランスは完全にリセットされ、移籍の可否にかかわらず、両者の関係は完全にフラットになった。そして、その印象はJリーグ全体に広がった。
イングランドのように伝統のあるリーグであっても、チェルシーやマンCのように、暗黒期を乗り越えて黄金時代を築くチームは現れる。日本ならば、いまJ3のチームであっても、21世紀を代表する存在になりうる、ということである。
<この原稿は24年12月19日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>