2ラウンドに入ると三崎和雄は、無礼な遠慮をすることなくパンチで一気に攻め立て、相手を防戦一方に追い込む。見かねたレフェリーが試合をストップ。その瞬間、かつて「PRIDE男」と呼ばれた小路晃の現役生活に幕が下ろされた。
 4月22日、後楽園ホール『DEEP 53 IMPACT』。満員の会場でファンに見守られ引退セレモニーを終えた小路晃は穏やかな表情をしていた。
「ありがとうございました。ここまで闘えてこられて、その上、こんな引退セレモニーまでやってもらえて本当に感謝しています」
(写真:最後の試合はミドル級の第一人者・三崎との5年ぶりの対決だった)
 小路の闘いを初めて見たのは、もう15年も前のことになる。
 1996年11月30日、後楽園ホールで開催された「日本武道傳骨法會」と「和術慧舟會」の5vs.5対抗戦。その闘いに「和術慧舟會」の大将として登場した小路は、これが総合格闘技デビュー戦だったにもかかわらず大健闘を見せる。アグレッシブな攻撃を続け、骨法のエース大原学を圧倒、20分間を闘い抜き引き分けた(ルールにより判定はなし)のだ。技術的にはまだまだ荒削りだった小路だが、気持ちで闘う彼の姿は観る者を魅了、近い将来の飛躍を予感させた。

 大舞台に立ったのは、その約1年後。
 97年10月11日、東京ドームでの『PRIDE1』に出場し、ヘンゾ・グレイシーと対戦した。90年代……グレイシー一族が格闘技界を席巻していた。グレイシーと聞くだけで臆してしまうファイターも多かった。このカードが決まった時、「小路は噛ませ犬にされた」と多くの者が思ったはずだ。
 しかし、小路は負けなかった。ヘンゾに対して、臆することなく果敢に立ち向かい10分3ラウンド、計30分を互角に闘い抜いてのドロー。周囲をアッと驚かせたこの一戦を機に小路晃の名は広く知られるようになり、PRIDEのレギュラーファイターとなる。

 PRIDEのリングには実に23度も上がった。「PRIDE1」と最後の大会となる「PRIDE34」(07年4月8日、さいたまスーパーアリーナ)の両方のリングに上がった唯一の選手でもある。通算戦績は9勝12敗2分け。負け越してはいるが、それは自分よりもカラダの大きい者、強い者に果敢に闘いを挑み続けた証しでもある。主催者からのオファーが無謀なものであっても小路が断ることはなかった。
(写真:15年間のプロ格闘家人生は、そのまま日本の総合格闘技の歴史でもあった)

 ヴァリッジ・イズマイウ(PRIDE4)に、イゴール・ボブチャンチン(PRIDE5)に、ガイ・メッツアー(PRIDE6)に、マーク・コールマン(PRIDE GP2000)に、ダン・ヘンダーソン(PRIDE14)に、マウリシオ・ショーグン(PRIDE武士道1)に、そして、セーム・シュルト(PRIDE16)にも挑んだ。この中でイズマイウとガイ・メッツアーに勝利している。

「一緒に柔道やりましょうよ」
 90年代のことだが、『ファイティングTV! サムライ』の収録の際に控え室で小路に、そう話しかけられたことがある。本人は憶えているかどうかは解らないが、私は嬉しかったので忘れられない。小路は学生時代、柔道で鍛えられた男である。でも、私ごときの腕前では組むのも失礼だと思い、その時は、やんわりと断った。
(写真:引退の10カウントを涙ながらに聞く)

 小路も私と同じでプロレスが好きだった。だが、彼はプロレス以上に柔道を、総合格闘技を、つまりはリアルファイトの緊張感を愛していたと思う。だから自らのキャリアを、いつの間にかプロレスへ移行させるのを避けて、ひとつの区切りをつけようと、総合格闘家としての引退を表明したのだ。その姿勢に志の高さが感じられて嬉しい。

 決して器用なタイプではなかった。それでも気持ちでは誰にも負けなかった。実直に自分を信じて突き進んだ愛すべきファイター小路の、指導者としての第2の人生に幸あれ!

※photo by Hisao Yamaguchi

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)ほか。最新著『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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