「捕手は鍛え方が違う。だから、どのポジションにコンバートされても成功する確率が高いんですよ」。いつだったか千葉ロッテの打撃コーチ金森栄治が、ポロリとこう漏らしたことがある。
 当の金森自身が捕手出身である。プロ2年目で外野手に転向し、チャンスに強い好打者として鳴らした。現在は球界を代表する名打撃コーチだ。
 そういえば先日、2千本安打を達成した巨人・小笠原道大も捕手出身である。日本ハムでのプロ入り3年目、ファーストへ正式にコンバートされ、引退した落合博満の穴を埋めた。

 彼にフルスイングの重要性を説いたのは打撃コーチ(当時)の加藤英司である。「詰まろうがバットの先に当たろうが、とにかく最後まで振り抜こうやないか。トップの位置からポイントまで、最短の距離を振り抜こう。それで空振りして尻もちついたとしてもええやないか」
 いくら基本を叩きこんでも、それを実践できる体力や筋力がなければ絵に描いたモチに終わる。小笠原の場合、捕手時代に培われた強靭な下半身がフルスイングを支えたことは想像に難くない。

 昨季のセ・リーグMVP和田一浩は西武で29歳までマスクをかぶっていた。ポスト伊東勤の期待がかかった2001年の開幕戦では松坂大輔の女房役に指名された。
 彼に捕手失格の烙印を押したのは、翌年、新監督に就任した伊原春樹だ。「もうキャッチャーミットはいらないからな」。和田は口に出せないほどのショックを受けた。「野球を始めてから、ずっと捕手一筋。それが“もうミットはいらないから”ですから。悩む時間すら与えられなかった。こちらは“はい”と従うしかなかった…」
 しかし、結果的には、この“非情人事”が幸いした。退路を断ったことで、非凡な打力にさらに磨きがかかった。伊原の見立て通りだった。もし、あのままマスクをかぶり続けていたら、今の和田はなかっただろう。

 そんな折、北海道日本ハムの高橋信二の巨人移籍が決まった。彼はまだマスクを捨てていないが、球団はその勝負強い打力に期待を寄せているようだ。
 小笠原しかり、和田しかり、捕手出身者は丈夫で長持ち。かつて捕手は「潰しのきかないポジション」と言われたものだが、それは、もう過去の話。今では“転職の花形”である。

<この原稿は11年5月11日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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