“身の丈経営”をモットーとする広島カープが総額約1億円(推定)を投じて獲得した“大物助っ人”チャッド・トレーシーが出場選手登録から外れ、帰国した。
「股関節に痛みがあるようだ。状態もよくないし、本人と相談して決めた」と野村謙二郎監督。球団は「鼠径(そけい)部痛症候群」と発表したが、復帰の時期は未定だ。

 主に4番・サードとして40試合に出場し、打率2割3分5厘、1本塁打、19打点。迫力不足は否めなかった。
 カープは5月26日の埼玉西武戦から6月3日のオリックス戦にかけてリーグワーストとなる50イニング無得点という不名誉な記録をつくってしまったが、その一因は打撃不振の4番打者にもあった。

 ところで「鼠径部痛症候群」とは、いったい、どんな病気なのか。
 日本整形外科学会のHPによると<他の競技に比べサッカー選手に多く見られ、一度なると治りにくいのが特徴>だという。
<何らかの原因で可動性、安定性、協調性に問題が生じたまま、無理にプレーを続けると、体幹から股関節周辺の機能障害が生じやすくなります>
 苦手なサードの守備が、股関節周辺に負担を強いたのだろうか。

 そもそもトレーシーとはどんな選手なのか。メジャーリーグではアリゾナ・ダイヤモンドバックス、シカゴ・カブス、フロリダ・マーリンズの3球団でプレーし、通算79本塁打を放っている。
 この本塁打数は、これまでカープにやってきた外国人選手の中では最多。通算打率も2割7分8厘と悪くなく、球団が打線の柱にと期待したのも当然である。
 しかし、メジャーリーグでレギュラーとして活躍したのはダイヤモンドバックス時代の2004年から06年までの3年間と短く、それ以降、目立った活躍はしていない。

 ちなみにアメリカの評価基準は上から順にアベレージ・プラス・プラス、アベレージ・プラス、アベレージ、アベレージ・マイナス、アベレージ・マイナス・マイナスの5段階に分けられる。
 開幕前、旧知のスカウトにトレーシーの評価を聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
 打撃はアベレージ。「中距離ヒッター。打球は右方向に多くヒザ元の変化球に弱い」
 守備はアベレージ・マイナス。「動きが緩慢。サードとファーストを守るが、サードでは使えない。ファーストなら何とかこなす」
 足はアベレージ・マイナス・マイナス。「盗塁はまず期待できない」
 守備と足に関しては概ね、そのとおり。打撃は「アベレージ」という評価だったが、これは大幅に下方修正しなければなるまい。

 トレーシーの戦線離脱を受け、球団は外国人野手の獲得に乗り出すようだが、補強が後手に回っている印象は否めない。目を覆うばかりの貧打が解決する見通しは、今のところ全く立っていない。

<この原稿は2011年6月26日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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