世界陸上の開幕が近づいてきた。金丸が出場する男子400mは大会2日目の28日に予選を迎える。予選突破、そして大きな目標として掲げる決勝進出には何が必要なのか。
「いろいろありますけど、現段階で言えばスピードですかね。単純な速さではなくて、400mを走る上でいかに高いレベルでスピードを維持できるかが大事だと考えています」
 そのためには「300mまでに90%以上の力を使い切るレースをすること」が理想だと金丸は語る。300mまでを高いスピードを維持して走りぬき、ラスト100mは余力を振り絞って、動かない体をテクニックで補い、ゴールに到達する。
「ラスト100mでいかに速く進むか、常にいろいろ試しています。腰を引いてみたり、ピッチをあげてみたり、重心の位置や腕の振りも変えて、極限状態でも体が前に進む方法を模索しているところです」

 ポイントになるのは200m〜300mの走りだ。本人も、「そこが一番ネックで苦手としているところ」と明かす。7連覇を達成した6月の日本選手権でも、200mの入りはスムーズだったが、200m〜300mで減速した。一方、5月に優勝した大邱国際選手権では200〜300mで踏ん張ったことで、ラスト100mの逆転につながった。世界陸上でも、この区間の走りが「肝になる」と考えている。

 ゴール後に倒れ込むレースを

 今回の400mは本命不在の混戦と言われている。過去2回、世界陸上で金メダルを獲得したジェレミー・ウォリナー(米国)は左足つま先を痛め、欠場を表明した。前回大会と北京五輪を制したラショーン・メリット(米国)は禁止薬物の使用により、2009年10月から1年9カ月の出場停止処分を受けた。本格的にレース復帰したのは7月末で、本番には不安を残す。先日、今季世界トップの記録(44秒61)を出したキラニ・ジェームス(グレナダ)や全米選手権で優勝したトニー・マッケイ(米国)など、新鋭が虎視眈々と頂点を狙っている。

 それだけに何が起こるか分からない。金丸を指導する法大・苅部監督(写真左)は「今の力では決勝に行けるか微妙なところ」としながら、世界の強豪との戦いで秘めたるポテンシャルが引き出されることを期待している。
「能力的にはもっと出し切れると思うんです。彼の良さはキャッチング(着地)や蹴り出しのうまさといった技術面に加え、気持ちにある。400mを全力で走るきつさは経験した者でしか分からない。言葉で表現できないくらい苦しいことなんです。普通の人間なら体が勝手に制御してリミッターがかかるのを自ら断ち切って走れる。これは天性のものです」

 現状の自己ベストである45秒16も、トップ選手にうまく引っ張られる形で記録したものだ。2年前の大阪グランプリ。第一人者であるウォリナーに挑んだ。
「まぁ、速かったですね。基礎的な部分がまったく違った」
 300mの時点で大きく引き離されたものの、粘ってウォリナーに次ぐ2位に入った。44秒69をたたき出したウォリナーとの差は歴然としていた。だが、金丸にとっては最も世界に近づいたレースでもあった。

「まだ金丸はゴール後に倒れこむようなレースはしていないでしょう。気持ちは強い子だけど、どこかでリミットを越えることの恐怖心があるのかもしれないですね。200〜300mの走りも無意識のうちに“セーブしないといけない”という気持ちが働いているのかもしれない。その100mでスピードを落とさないで、ラスト100mで勝負できればいいレースができる。ここまでの調整で、それができそうなレベルには来ていると思います」
 苅部はこう指摘する。本人も「日本選手権などでは、どうしても順位にこだわって余力が残っている」と明かす。世界陸上は100%、いや、それ以上の力を発揮しないと上には進めないレースだ。そこですべてを出し切り、ゴールの瞬間、トラックに倒れ込んだ時、金丸は新たな地平を見るのかもしれない。

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(最終回へつづく)

金丸祐三(かねまる・ゆうぞう)プロフィール>
1987年9月18日、大阪府生まれ。マイケル・ジョンソン(米国)に憧れて中学から陸上を始め、大阪高2年時のインターハイで初優勝。その年の国体400mでは45秒89で走り、為末大が持っていた日本高校記録を8年ぶりに塗り替える(以後、2度更新)。高3時の05年には日本選手権で優勝。同年の世界陸上ヘルシンキ大会に1600メートルリレーで初出場を果たす。以後、世界陸上は4大会連続で代表入り。08年には北京五輪にも出場。09年5月の大阪グランプリでは日本歴代4位、自己ベストとなる45秒16で2位に入る。今季は5月の大邱国際選手権で優勝。6月の日本選手権では男子短距離では初の7連覇を達成した。法政大を卒業した10年より大塚製薬工場に所属。身長177センチ、体重77キロ。



(石田洋之)
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