日大三(西東京)の2度目の優勝で幕を閉じた今年の高校野球、皆さんはどんなふうに感じられたでしょうか。今回は、3月の大震災で甚大な被害を受けた被災地への復興支援という意味が込められた特別な大会でした。そうした意識があったからかもしれませんが、私は例年以上にハツラツとし選手の姿が印象に残りました。当然のことではありますが、全力疾走ひとつにしても選手の野球への真摯な気持ちがひしひしと伝わってきたのです。選手たちの最後まで諦めない姿勢が終盤での逆転勝ちや、劇的なサヨナラゲームなどを呼び起こしたのでしょう。甲子園が連日のように超満員の観客に埋め尽くされていたことが、今大会が大盛況だったことの何よりの証です。
 さて、今大会のピッチャーはというと、速い球を投げるピッチャーが多く、全体的に非常にレベルが高かったように思いました。なかでも私が一番注目したのは、英明(香川)のサウスポー松本竜也投手です。彼は左足に体重を乗せた時に、グラグラせずにきちんと一本足で立つことができ、上半身と下半身がバランスよく使われているそのフォームはほぼ完成されていると言っていいでしょう。そして、そこから繰り出されるボールに対して、バッターが非常に嫌がっていたように感じられました。その理由は、単にスピードが速いというだけでなく、やはり手元でグッと伸びてきていたからに他なりません。つまり、他の速球派ピッチャーと比べて最もボールにキレがあったのが彼でした。190センチという身長からも将来性を感じさせます。今は細身ですが、体がつくられれば、さらにボールに威力が増すことでしょう。これからが非常に楽しみです。

 球速でいえば、今大会屈指の剛腕、金沢の釜田佳直投手でしょう。直球は150キロ以上とスピードはピカ一でした。しかし、見ていると、どうもバッターがそれほど嫌がっていなかったように思いました。その理由はリリースポイントが早いということが挙げられます。そのためにボールに角度がなく、スピードはあっても手元での伸びがないのです。フォームも上半身に頼り過ぎていて、下半身がまだ使いきれていません。とはいえ、課題が山積しているということは、それだけのびしろがあるということでもありますから、今後の成長に期待したいと思います。

 優勝投手となった日大三のエース、吉永健太朗投手ですが、何といってもあのスタミナでしょう。猛暑の中、決勝まで6連投し、そのうち5試合を完投しました。強力打線が目立っていましたが、やはり吉永投手の力投あっての攻撃といっていいでしょう。彼はピンチに強く、実戦向きのピッチャー。コントロールもよく、見ていて桑田真澄のようなクレバーさを感じさせてくれました。とはいえ、このままではプロでは通用しないということは、本人が一番よくわかっていることでしょう。ボールもう1個分、低めのコントロールがつけば、さらにレベルの高い、それこそ現役時代の桑田のようなピッチングができるのではないでしょうか。また、今大会では右打者にはスライダー、左打者にはシンカーをうまく織り交ぜて勝負していましたが、正直、スライダーはもう少し精度を高めていく必要がありますね。早稲田大学への進学が有力視されていますが、大学4年間でどんなピッチャーへと成長するのか、4年後が楽しみです。

 一方、メンタルの強さが感じられたのは如水館(広島)の浜田貴大投手でした。彼はどんな時でも一貫して自分のテンポで投げることができていました。負けてしまった準々決勝の関西(岡山)戦は最後は5点差をつけられたものの、勝敗を分けたのはバックのエラーをきっかけにした失点。彼自身は最後まで自分のピッチングができていたのではないかと思います。その証拠に試合が終わった後の浜田投手には、自分の力を出し切ったという充実感と、「決して力で負けたわけではない」というプライドが入り混じっていました。そんな姿を見て思い出したのは2006年の決勝再試合での駒大苫小牧の田中将大(東北楽天)です。早稲田実の斎藤佑樹(北海道日本ハム)に最後のバッターとして空振り三振を取られた瞬間の、あのすがすがしい笑顔を彷彿させるかのような表情でした。

 開幕前、今大会一番の注目ピッチャーであった歳内宏明投手ですが、確かに彼は馬力はありますし、7割程度は完成されたピッチャーだと思います。しかし、まだ修正すべき点は多々あることも否めません。特に今大会で感じたのは体の開きが早いこと。これは上半身に頼り過ぎて、下半身が使えていないために体の使い方がゆるいことが要因としてあげられます。プロへの道を希望しているならなおさら、きちんと体幹から鍛え、バランスのとれた体の使い方を習得してほしいなと思います。

 さて、今大会を通じて、気になったことがふたつあります。ひとつはあまりにもピッチャーが投げるボールのスピードが速かったことです。ところが、その球をバッターがタイミングが崩されることなく、もののみごとに打ち返していくのです。これには少々、違和感を覚えました。いくら練習で速い球への特訓をしていたとしても、高校生のレベルであれだけ140キロ以上の速球をきれいに弾き返すというのは至難の業です。それをどのチームもやれるというのは、やはり甲子園のスピードガンの計測には疑問を抱かざるを得ません。

 また、ストライクゾーンに統一性がなかったことも気になりました。プロと比べれば、高校野球のストライクゾーンは広めにとられる傾向にあるのですが、それにしても今大会は各球審によって違いすぎました。負ければ終わりの高校野球ではストライクひとつが勝敗を分けます。ピッチャーもバッターも1球1球にかけているわけですから、その基準はきちんとしていなければいけません。今一度、ストライクゾーンについて話し合い、しっかりと統一された中でゲームが行なわれることを望んでやみません。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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