第175回 読書は練習に似ている!?

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 先日、古本を買いました。以前から気になっていた本をたまたま目にし、思わず購入。随分前、20代の頃、ラインマーカーで線が引かれた古本に出合い、その後ついた習慣があります。当時の記憶をたどります。

 

 買った古本のページを開くと、ラインマーカーで引かれた線がびっしり入っていた。

「いやだな。確認してから購入すべきだった」

 知らない人がチェックした軌跡をたどるようで、少し気味が悪かったんです。でも「読みたい」という気持ちは抑えられません。ならば、と違う色で線を引きながら読むことにしました。

 

 まったく意識していなかったのですが、半分くらいまで進めて振り返ると、この本を手に取ったまったく知らない先輩(私よりこの本を先に選んで読んだという意味で)と私は、線を引く場所が違ったり共通していたりしました。

 

 この先輩がどういう意図をもってマークを付けていたのかはもちろんわかりません。かくいう私自身も、目的をもって行ったことではありませんでした。ただ感じるままにマークしていく軌跡が、かの先輩とまったく違うわけでも、全体を通して共通していたわけでもなかったんです。そこに面白さを感じました。

 

 以降、読書するときにはラインマーカーを片手に、とするようになりました。書籍を汚してしまう罪悪感もありましたが……。

 

 それからしばらく経った後のことです。新品で購入し、一度読んだ本を、その数年後再度手に取りました。ページをめくると、ピンクのマーカーで線が引かれていました。とっさに過去の自分の仕業と気付かず、一瞬不快に思いましたが、すぐに思い出しました。「あ、私だわ。ごめんなさい」と。

 

 ならばと、緑のマーカーを持って臨みました。たった数ページですぐに止まります。今の私が線を引くはずのないところに、力強いピンクの線が引かれていたのです。「え~? 過去の私は何を思ってここをマークしたの?」と。少し読み進めると同じ現象が起こる。「え~? どうしてここにピンクの線があるんだろう」

 

 そうすると、なかなか前に進めなくなりました。「何故、私はピンクに塗っていたのか」「何を思って、ここに注目したのだろうか」と、次々に疑問が浮かびます。過去の自分を知りたくて仕方なくなり、その場に留まってしまったのです。

 

 そればかり気にするときりがないが、一つ分かったことがありました。過去の私がピンクに塗り、「?」と書き込んでいる箇所です。今読むと、はっきり理解できます。「?」は浮かびません。それは「私が何かを習得していた証左なのでは?」と思うとうれしくなります。「私って成長しているじゃん!」と実感できるからです。この「?」がついた箇所について、調べたり考察したりはしていないはずです。「知らないうちに、理解できる何かが身についていたのかな?」と思うと自分の数年間が愛おしく感じます。

 

 ある元サッカー選手の話を思い出しました。現在は引退し、指導者になられています。現役時代の話。難しいテクニックをマスターしようと、練習に明け暮れる日々でした。そのテクニックは、いつまでたっても習得できなかったそうです。別のテクニックをいくつか同時並行に練習してみると、あれほど習得できなかった先のテクニックが、知らないうちにできるようになっていました。

「この現象は、一度きりじゃなく、何度でも起こり得ることなんです。別の技のためにつくられた筋肉やタイミング、感覚や勘のようなものが蓄積されていて、そのおかげで、元々やりたかったことができるようになっていた。練習って、本当に素晴らしいんです。信ずるに値するとはこのことだと思う」

 

 今回手にした古本には、ラインマーカーが引かれていませんでした。でも素敵な話を思い出させてくれて感謝です。ペンを手に、心地よく読書に入り込みました。練習のような気持ちです。

「この本を2回目に読むことがあるといいな。そのとき、何かが私の手に入っているかもしれない」

 

 読書は練習に似ていると思います。信ずるに値するものから何かが得られるのだから――。

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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