その瞬間、誰もが逆転ホームランが飛び出したと信じた。
 6日に行なわれたタイガースとのアメリカンリーグ・プレーオフ地区シリーズ第5戦、2−3とヤンキースがリードされて迎えた8回裏――。2死ながら1塁に走者を置いた場面で、デレック・ジーターがライトに大飛球を放った。
(写真:ジーターの打球はヤンキースファンの想いを乗せてライトスタンドに向かっていったのだが……。photo by Kotaro Ohashi )
 少々上がり過ぎながら、狭いヤンキースタジアムのライトならサク越えするかもしれない。ここで逆転してしまえば、最終回にはマリアーノ・リベラを投入して逃げ切れる。ジーターとリベラの活躍で接戦を勝ち抜くのは、ヤンキースにとってプレーオフでの長年の必勝パターン。伝統のフランチャイズ栄光の歴史に、ここで新たな1ページが加わるのか……?

 しかし、ジーターの打球はフェンス際であえなく失速。タイガースはそのまま細かな継投策で逃げ切り、3−2のまま試合は終わった。ヤンキースの2011年シーズンは、こうして志半ばで終わりを告げたのである。
「1年間を続けてプレーし、ここまでたどり着いた。そして敗れた。最悪の気分だよ。(ライトへの飛球は)ホームランになるチャンスがあるかと思ったが、上がり過ぎてしまった」

 試合後、ジーターは自身のロッカー前で絞り出すようにそう語った。ヤンキースにとっては2005年の地区シリーズ以来となるサドンデスの決着に、この日のスタジアムは尋常でない緊張感に包まれた。地元ファンの後押しを受けて、しかもCC.サバシア、マリアーノ・リベラ、デビッド・ロバートソンといった看板投手をすべてつぎ込む総力戦で臨んだ。だが、それでも勝てなかった。
(写真:リードを保って守護神リベラに繋ぐ勝利の方程式に持ち込むことはできなかった。photo by Kotaro Ohashi)

 先発のイバン・ノバが右腕上腕部の張りを訴えて早々に降板するというアクシデントはあったが、その不運を考慮した上でも完敗と言ってよかっただろう。名高いスーパースター揃いのラインナップから、あと1本が出なかった。
 7回裏には1死満塁のチャンスを掴みながら、4番のアレックス・ロドリゲスが空振り三振。続く8回はジーターの大飛球がもうひと伸びを欠く。そして最終回、2死からロドリゲスが再び三振を喫して最終打者となった。この2枚看板が最後にきてブレーキとなったのは、象徴的な結末と言えたのかもしれない。

 今季、ヤンキースの開幕前の前評判は、ダントツの優勝候補だったレッドソックスと比べて決して高いとは言えなかった。
 人呼んで「200億円のアンダードッグ」。巨額を費して構成されたロースターながら、エースのCC.サバシアに次いで信頼できる先発投手は不在のまま。打線も昨季からの上積みは少なく、高レベルのア・リーグ東地区を制するには戦力的に十分ではないと思われたのだ。

 しかしフタを開けてみれば、ヤンキースはやはりヤンキース。若手のノバ、ベテランのフレディ・ガルシア、バートロ・コローンらが予想以上の働きで先発ローテーションを支え、投手陣を懸念する声はいつしか消えてなくなった。
 打線の中ではカーティス・グランダーソンがMVP級の働きをみせ、ロビンソン・カノーもリーグ有数の強打者として確立。そして何より、辛抱強く相手の崩れを待つ献身的姿勢がチーム全体に貫かれており、どんな好投手も最後には崩し切る粘り強さを見せてくれた。
(写真:シーズンMVP候補の一人となったグランダーソンはプレーオフでも存在感を誇示した。photo by Kotaro Ohashi)

 もちろんお金がかけられているだけに層は厚かったが、一方で決してダントツのチーム力ではなかった。だからこそ、なおさら最終的には悠々と地区優勝を飾るまでに至った今季の戦いぶりは見応えがあったと言える。
 プレーオフが開始する頃、結局はヤンキースをア・リーグの本命に挙げる声が増えていったのは、このチームの底力を物語っていたと言ってよい。

 しかしポストシーズンに入ると、さまざまな面で綻びが現れて行った。先発陣の中では第2戦でガルシア、第5戦ではノバが誤算となり、最後の最後でローテーションへの不安が的中した形となった。そして前述通り、シーズン中はメジャ−トップクラスの得点力を発揮した打線も、投手陣を支え切れなかった。

 このシリーズの28得点はチームの地区シリーズ史上2位。ただ、得点の大半は第1、4戦の勝負がほぼ決した終盤イニングに奪ったものだった。ロドリゲスは打率.111(18打数2安打)、マーク・テシェイラは同.167(18打数3安打)、ジーターも同.250(24打数6安打)と看板打者たちが低迷したのが響き、すべて接戦となった第2、3、5戦を落とす直接の要因となってしまった。

 特にジャスティン・バーランダー、マックス・シャーザー、ホアキン・ベノア、ホセ・バルベルデといったタイガースの速球派と対したとき、ヤンキースのベテラン打者たちの反応が鈍く感じたのは気のせいではなかったろう。
「選手たちも私も言い訳をするつもりはない。2試合の1点差ゲーム、1試合の2点差ゲームに私たちは敗れた。あと1本がどこかで飛び出していたら、シリーズはまったく違ったものになっていたはずだ」

 ジラルディ監督は敗れたチームをそう庇ったが、しかし、このシリーズ中はタイガースのほうがよりフレッシュで、より力強いチームに見えたのは事実だった。快打を連発したカノー、攻守に印象的な働きを見せたグランダーソンを除き、ヤンキースの主力選手たちはどこかスローで、疲れすら感じさせた。
 シーズン中は層の厚さにモノを言わせて勝ち進めても、プレーオフではコアメンバーの強靭さがものをいう。好投手が惜しげもなく起用されるポストシーズンでは、得意の待球戦法の効果も目減りした。
(写真:カノー(右)は大活躍だったが、A・ロッドの不振がチームに暗い影をもたらした。photo by Kotaro Ohashi)

 今季のヤンキース打線にバーランダー、シャーザー、ダグ・フィスターというイキの良いタイガース3本柱攻略は荷が重かった。一方でサバシア、ノバ、ガルシア、AJ.バーネットというヤンキースの4枚は、やはり“王者”と呼ばれるに相応しいチームの先発ローテーションには見えなかった。
 結局、開幕前に懸念された通り、2011年のチームの戦力は、長い1年を最後まで勝ち進むのに十分ではなかったということなのだろう。

「まだ今季が終わったばかりだから、先のことは考えられない……」
 試合後、ホルヘ・ポサダはそう語り、ロッカールームの前で涙を流した。今シリーズでは打率.429をマークし、ヤンキースのベテラン勢の中ではほぼ唯一気を吐いたポサダだが、今季が4年契約の最終年。来季以降はヤンキースでプレーしないことがほぼ確実視されている。アンディ・ペティートが去年限りで引退したのに続き、また一人、チームの黄金期を支えた重鎮が去ろうとしている。

 今後、ヤンキースはどんな方向に向かっていくのか。ポサダ以外はほぼすべての主力が複数年契約の途上におり、野手の補強策としてできることは限られている。先発投手陣のてこ入れは必要だが、しかし今オフのマーケット上には目玉となる投手は少ない。少しずつだが確実に老化が進む原型ヤンキースを改良しようと思えば、あるいはかなりクリエイティブな手段が必要になってくるのかもしれない。

 ニューヨークでは、ヤンキースのプレーオフ終了とともに短い秋が終わり、厳しい冬が到来したように感じるもの。今年の冬は、過去2年より少しだけ早くやって来た。そして2011年の冬は、例年以上に先が見えづらく、長く冷たい季節となりそうな予感がニューヨークに静かに漂い始めている。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
※Twitterもスタート>>こちら
◎バックナンバーはこちらから