15歳で故郷を離れ、それまで縁もゆかりもなかった埼玉県の小松原高校に進学した山田和司は、そこで“ライバル”と出会った。現在も日本ユニシスでチームメイトである遠藤大由(ひろゆき)だ。技巧派の山田に対し、遠藤は力で押す、いわゆる直球勝負のプレーヤー。全く異なるプレースタイルの2人は、シングルスでは“最大のライバル”として切磋琢磨し、ダブルスでは“最高のパートナー”として息の合ったプレーを見せ、全国へと駆け上がって行った。
「器用な選手だなぁ」
 遠藤は、初めて山田に会った時のことをこう振り返った。
「山田とは中学3年の終わり頃、小松原高校の練習に行った時に初めて会いました。僕は人見知りをする方なので、ほとんど話はしていないのですが、『うまいヤツがいるなぁ』と思ったことは覚えています。彼はその頃から細かいプレーに長けていましたね」

 だが、当の山田は高校生のレベルの高さに圧倒されていた。中学生の自分とは体の大きさから、スピード、技、全てが違っていたのだ。実際に入ってみると、練習は想像以上に厳しかった。それは母親のこんなエピソードからも容易に想像ができる。
「和司はほとんど親には泣き言を言わないんです。でも、一度だけありましたね。高校1年生の冬、年末年始を我が家で過ごして、埼玉に戻った日、和司からメールがあったんですよ。内容は話すことはできませんが、それを読んで『あぁ、辛いんだろうなぁ』と」
 母・祐子の携帯電話にはそのメールが今も残されている。息子がただの一度きり、母親に本音を発した、今では思い出のメールだ。

 小松原高にはOBが数多くいる日本体育大学のバドミントン部が練習に来ることもあった。大学生との合同練習が山田たちのレベルアップに寄与したことは想像に難くない。3年になる頃には、山田は遠藤とともに小松原高のトップ2となっていた。

 山田が3年間で最も強く記憶に残っているのは、高校3年のインターハイだ。シングルスを専門にしていた山田と遠藤は、普段はほとんどダブルスの練習をしなかった。それでも本番になると、2人の息はピッタリと合った。それはスピードがあり、細やかなプレーを得意とする山田が前衛を、そしてパワーのある遠藤は後衛を、とタイプが違うからこそ、自ずと役割分担が明確だったからだ。最後のインターハイでも山田と遠藤は息の合ったプレーで順当にベスト4進出を決めた。

 ところが、翌日のシングルス初戦で遠藤にアクシデントが起こった。ネット際の打球を取りに行った際、右の足首をひねり、捻挫をしてしまったのだ。次の日にはダブルスの準決勝、勝てば決勝が控えていたが、周囲は辞退することを促した。山田も歩くことさえままならない遠藤の姿を見て、明日の棄権を覚悟した。だが、遠藤は強行出場を望んだ。やはり最後のインターハイは優勝というかたちで有終の美を飾ろうとしたのか……。
「いえ、自分たちが優勝できるとは思っていませんでしたよ。当時は比叡山高校にダブルス専門でやっていた選手がいて、そこが優勝するだろうと。僕は高校生にもなって、たかが捻挫ごときで棄権するなんて、絶対に嫌だと思ったんです。ただ、それだけの理由でした」

 痛み止めとアドレナリンで試合中はほとんど痛みを感じなかったという遠藤だが、それでも普段通りのプレーというわけにはいかなかった。そんな遠藤を相手も狙ってきた。
「後でビデオを観たら、面白かったですよ。遠藤、片足で跳んでいるんです(笑)。僕もものすごく必死でカバーしていましたね」
 そう言って、山田は当時を懐かしそうに語った。

 山田も遠藤もただただ、無我夢中でコートを走り回った。その結果、彼らは準決勝、決勝を勝ち抜き、全国の頂点に立った。“ケガの功名”とはこのことだろう。遠藤がケガをしたことで余計なことを考えずに、試合に集中したことが功を奏したのだ。
「全国で優勝できるなんて、僕は全く思っていませんでした。それがパートナーがケガをしたことで、切羽詰まった状態になった。それが高い集中力を生み出したのだと思います」

 前年までは全国の舞台に立つことさえできなかった自分が今、最初で最後のインターハイで頂点に立った――山田には、それまでにない大きな自信が生まれていた。

(第4回につづく)

山田和司(やまだ・かずし)プロフィール>
1987年2月21日、愛媛県生まれ。両親がコーチを務める「新居浜ジュニアバドミントンクラブ」に通い始めた小学3年からバドミントン一筋。中学2年時には全国中学校総合体育大会に出場した。小松原高、日本体育大では遠藤大由(現・日本ユニシス)と共にエースとして活躍。大学4年時(2008年)にはインカレで男子シングルスを制覇した。09年、日本ユニシスに入社。同年12月に行なわれた全日本総合選手権大会で3位となり、昨年の世界選手権では日本人として男子シングルスで30年ぶりのベスト8に進出した。現在、日本代表としてロンドンを目指し、国内外の大会を転戦している。3日現在、日本ランキング3位、世界ランキング28位。






(斎藤寿子)
◎バックナンバーはこちらから