山下叶夢(東洋大学レスリング部/香川県高松市出身)第3回「空白の時間」
2016年7月、全国少年少女レスリング選手権大会・女子6年40kg級決勝で敗れ、山下叶夢(現・東洋大学3年)の大会連覇は5で途切れた。小学6年のシーズン、山下はクイーンズカップも準優勝(小学5・6年40kg級)、全国少年少女選抜選手権大会は3位(女子6年40kg級)と全国大会無冠に終わった。臆することなく相手の懐に飛び込むタックルも、いつしか相手に読まれ、必殺技と呼べなくなっていた。
全国大会優勝に届かなくなったことは、自らを“結果を出さなきゃ生きている意味がない”とまで追い込んでいた彼女にとって、肩の荷が下りたような出来事だったのか。それを山下本人に聞くと、「あまり覚えてないんです。それ(肩の荷が下りた)もあったかもしれない。でも、そこから結果が出なくなってしまった……」とトーンを落とした。
彼女は小学生時から“三刀流”だった。レスリングのほか相撲、柔道にも挑戦していたのだ。相撲は小学4年時に県大会優勝、5年時には県大会準優勝という好成績を残している。柔道は小学5年時に全国大会でベスト8入りしたこともある実力者だ。ただ相撲の世界にも柔道の世界にも飛び込む気はなかった。あくまでもレスリング強化の一環に過ぎなかった。ちなみに同じ高松レスリングクラブの出身で、男子グレコローマン77kg級パリオリンピック金メダリストの日下尚(現・マルハン北日本)も同じ道場で相撲を習っていたという。
中学は中高一貫の高松北に進む。自宅から自転車で約1時間かけて通学した。朝早く出て、夜帰る。まさにレスリング漬けの日々を送った。高松レスリングクラブ時代から彼女を見ていた竹下敬(現・香川中部支援学校)がレスリング部の顧問として指導に当たった。
4年ぶりの日本一
その竹下が抱く小学生時代の山下の印象はこうだ。
「身体能力が高かった。小さい頃から道場で走ったり跳んだり、マット運動をしたり、遊んでいましたね。小学校の時は、関東や中部にある他チームの選手と比べると、同レベル女子の練習相手が少なかった。それで男子相手にずっと練習をしていたので、女子相手の細かい柔らかい技術を身に付けられていなかった」
課題は明白だったが、それでも勝てていたことで着手するには時間がかかったのだろう。そして竹下がレスリングよりも力を入れたのが、私生活や学校生活における指導だった。
「クラブとは違う学校なので、やはり重点に置くのは教育。学校での生活、私生活がきちんとできないのであれば、“もうレスリングをする必要はない”と、彼女をきつく叱責した覚えがあります」
時には厳しく、突き放すようなこともあったという。
その指導は、中学時代のことはあまり覚えていないという山下の記憶にも残っている。
「忘れものをしない、遅刻をしないといった当たり前のことを、竹下先生には指導を受けました。特に中学時代は宿題が多く、それを提出できず部活で先生に怒られたこともありました」
人間力なくして競技力向上なし――とは、JOC(日本オリンピック委員会)が掲げる選手強化のテーマのひとつだが、教育者としての竹下の指導もそれに通ずるものがあったのかもしれない。
結局、中学での全国大会優勝は3年生の全国中学選抜選手権(女子50kg級)まで待たねばならなかった。山下にとって4年ぶりの全国制覇。実は前日に体重2.4kgオーバーで冷や汗をかいたという。「ホントに大焦りしました」と山下。なんとか計量失格は免れた。それでも久しぶりに味わった日本一の称号。反撃の狼煙を上げるには、十分な結果と思われたが、高校進学後、今度は大会すら遠ざかる状況に陥ってしまうのだった。
(第4回につづく)
>>第1回はこちら
<山下叶夢(やました・かのん)プロフィール>
2004年5月11日、香川県高松市出身。レスリングクラブで監督とコーチを務める両親の影響で競技を始める。小学1年生から全国少年少女レスリング選手権大会で5連覇を達成した。高松北中学では全国中学選抜選手権の50kg級で優勝。高松北高校3年時には全国高校総合体育大会57kg級を制した。23年にはクリッパン国際大会の同級で優勝。U20アジア選手権は23年(55kg級)、24年(59kg級)と連覇した。天皇杯全日本選手権で2度(22年=55kg級、23年=57kg級)、明治杯全日本選抜選手権大会が2度(22、24年=いずれも57kg級)身長153cm。趣味はアニメ鑑賞。好きなアーティストは、嵐とちゃんみな。
(文・写真/杉浦泰介)
