サッカー界の常識を変える高井の移籍

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 浦和の敗退は決まってしまったが、クラブW杯、なかなか面白い。アルヒラルはレアル・マドリード、ザルツブルクと引き分け、最終戦に勝てば次のラウンドに進める位置につけている。代表チームの世界ではずいぶんと払拭された半面、クラブ・レベルでは色濃く残っていたアジア=弱小といったイメージも、また少し、薄まったかもしれない。

 

 ただ、ここまでのところで目につくのは、何といっても南米勢の奮闘である。S級、A級の選手を軒並み欧州に引き抜かれているという点では、Jリーグ以上のはずなのだが、ほとんどのチームが欧州勢と互角以上の戦いを演じている。

 

 先日、データサイト「Opta」が発表した世界のリーグ戦ランキングでは、ブラジルが9位、アルゼンチンが11位と、14位のJリーグにも手の届きそうなところにランクされている。それでも、ここまでの結果や内容には、ランクよりも大きな差があるようにも感じられた。

 

 理由はもちろん一つではないのだろうが、わたしには、移籍に対する考え方も関係しているように思える。

 

 長い間、日本人にとっての海外移籍は、「入れてもらう」ものだった。海外、特に欧州の方がレベルは上だという前提があり、そこでプレーできるならば給料は下がっても構わない、と考える選手は、いまだ少なくない。

 

 一方で、多くの南米選手にとって、給料の下がる海外移籍はありえない。憧れが皆無、とまでは言わないものの、根底にあるのはまず経済的な問題である。クラブ側にも、「選手の未来を考えて安く手放す」なんて発想自体がない。

 

 憧れの対象と戦う者と、単なる出稼ぎ先としかみなしていない相手と戦う者、その結果と内容に差が出てくるのは、当然のことだと思うのだ。

 

 ただ、そんな状況も、これからは少しずつ変わっていきそうな気がする。

 

 野茂英雄がメジャーへの移籍を決めた際、ドジャースが支払った移籍金は約1億7000万円、年俸は980万円だった。それが、日本球界、日本選手に対する当時のメジャーの評価だった。ちなみに、1908年から始まった日米野球の通算成績は、米国の359勝、日本の93勝である。

 

 2025年のいま、たった200万ドルでチームの大エースを手放すNPBの球団はない。メジャーの側も、そんな額で日本球界の逸材を獲得できるとは考えていない。野茂以降に海を渡った日本人選手が実績を積み重ねたことで、旧来の思い込みは完全に覆された。サッカーにおける南米と欧州の関係性に、ずいぶんと近づいた、とも言える。

 

 そんな折に飛び込んできた、川崎Fの高井をスパーズが獲得した、というニュースである。この手の話題は正式決定するまでどう転ぶかわからないのが常とはいえ、報道によれば移籍金は500万ポンド(約10億円)だという。

 

 時代が動き出した、のかもしれない。

 

 野茂にたった200万ドルしか出さなかった米国球界は、6年後、イチローのために約1400万ドルを用意した。W杯出場経験のない、しかもDFの日本人選手にプレミアが10億円を投じることになれば、日本と欧州、どちらの立場においても見方と常識が変わる。

 

 メジャー、と聞いただけで自動的にひれ伏していた日本球界は、WBCで優勝するまでになった。高井の移籍話は、Jリーグも同じレールに乗ったことを意味するのかもしれない。

 

<この原稿は25年6月26日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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