勝ちにいっている森保監督最初の収穫はピサノ
サッカーは基本、ミスが試合を構成する大きな要素となっているスポーツである。いわゆるプレッシングにしても、相手のミスを誘発するための手段、ということになる。もちろん、状況によっては「ミスは許されない」という場面がないわけではないが、ほとんどのケースは、天を仰ぐか頭を抱えるかでカタはつく。
そんなスポーツにあって、ただ一人、常に「絶対にミスが許されない」立場のポジションがGKである。彼らのミスは、天を仰ぐ、頭を抱えるなんてことでは許されない。10回の好守は、一度の拙守で全否定される。
なので、どんな選手にとっても簡単ではない「デビュー戦」ではあるが、GKにとってのデビュー戦ほど困難なものはない。34年前、ソウルのチャムシル競技場で初めて日の丸をつけてプレーした高校生GKは、後にも先にも見たことがないほどに不安定だった。滝川二・坂元要介の弾丸ミドルで韓国を倒した日本ユース代表だったが、試合後の清水商・川口能活はなかば放心状態だった。
ただ、この経験が川口を大きくしたのも間違いない。すでに同世代の中では別格の存在だった彼は、大舞台の緊張を味わったことでさらに化けた。
香港を一蹴したE-1選手権の初戦。ファンやメディアの注目は4得点をあげたジャーメイン良に向いているが、この試合でもっとも多くのものを得たのはGKピサノだったのではないかとわたしは思う。
正直、出来はよくなかった。というか、悪かった。経験豊富なGKがあんなプレーをしていたら、二度と代表に呼ばれることはないだろう。
だが、彼は19歳で、初代表だった。相手の攻撃機会があまりないであろうことは、試合前からわかっていた。そうでなくてもGKとしては気持ちの持っていきようが難しい状況だった。そんな中での初キャップは、今後の彼にとって間違いなく大きな財産となろう。アジア杯の敗北を経たことで、鈴木が変貌したように、である。
ただ、ピサノ以外に何か収穫はと問われれば、言葉に詰まってしまう。次の相手、あるいは上のレベルと相対した際に再現性がどれほど期待できるものなのかを判断するには、香港との力の差がありすぎた。急造チームとは思えないほど攻から守の切り替えは早かったが、後半に入ると得点どころかチャンスの数自体が激減したのも気にかかる。
とはいえ、森保監督がこの大会を勝ちにいっているのも間違いない。韓国や中国のメディアからはやれ3軍だ、4軍だ、だの、「勝つ気がないのか」などと言われているようだが、もし選手発掘だけをこの大会の目的に据えているのであれば、30代の選手を選ぶはずもない。
広島の選手が5人も選ばれていることを問題視する声もあるようだが、これも、大会を勝ちにいっていることの証だとわたしは思う。チームを熟成させる時間がない以上、ある程度完成されたユニットを移植し、そこに肉付けしていくというのは代表づくりの王道とも言える方法だからだ。わたしなら柏を軸にし、小泉を呼びたいところだが、これはもう、嗜好の問題である。
次の中国はW杯予選2試合で10得点を奪った相手。日本の選手たちは相手と戦うだけでなく、W杯予選でプレーした欧州組の残した結果、内容とも戦うことになる。待ち受ける収穫、あるいは打撃は、香港戦よりも明らかに大きい。
<この原稿は25年7月10日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>