自分が点を取らないで1−0で勝つより、ハットトリックをして3−4で負ける方がいい――そう断言できる性格だったからこそ、釜本邦茂はゴールを量産することができた。ストライカーと呼ばれる人種にとって、ゴールとは生きがいであり原動力である。逆に言えば、ゴールから遠ざかってしまったストライカーは、他のポジションの選手がまず味わうことのない、追い詰められた精神状態に置かれることになる。
 彼女は、安藤梢は、追い詰められていなかったのだろうか。それとも、追い詰められた気持ちを、驚異的な克己力で押さえつけたのだろうか。なでしこの優勝を振り返る映像を見ていて、あらためてそんなことを思った。

 ストライカーとしての得点力を期待されて臨んだ女子W杯で、安藤は得点から見放されてしまっていた。彼女が釜本タイプの発想をするストライカーかどうかはわからないが、ご機嫌でいられる状態でなかったことは容易に想像できる。有能なストライカーほど、ゴールから見放された時の飢え、渇きは強い。彼女は、心の底から自らのゴールを渇望していたはずである。

 沢の渾身の、しかし力のないヘディングシュートが安藤の目の前を通過しようとしたのは、まさにそんな時だったのだ。
 ストライカーならば、いや、ゴールに飢えた選手ならば、おそらくは10人が10人、自分の頭でコースを変えていたのではないか。ゴールネットを揺らすことのできる機会を与えられて、その誘惑に抗えるサッカー選手はまずいない。まして、安藤はゴールから遠ざかっていたストライカーだったのだ。

 もし安藤が無邪気な本能に身を委ねていたら……日本は負けていたかもしれない。決勝でアメリカと戦う前に、スウェーデンに敗れていたかもしれない。
 彼女は、オフサイド・ポジションにいたのだ。

 もし安藤がヘディングで沢のシュートのコースを変えていたら、値千金の逆転ゴールは幻となっていた。先制を許すきっかけをつくってしまった沢の、ミスを帳消しにしようとする強い思いは、最悪の形で空回りしてしまうところだった。

 だが、安藤は触らなかった。喉から手がでるほど欲しいものが目の前にあったのに、彼女はスッと身を引いたのだ――。

 なでしこのW杯優勝については、すでに数えきれないほどの賛辞が語られている。MVPが沢であることについてもまったく異論はない。けれども、得点を取れずにいたストライカーの、得点に背を向けたあの行為がなければ、結果はまるで違ったものになっていたかもしれない。わたしにとっては、今年一番の印象的なシーンである。

<この原稿は11年12月15日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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