柏レイソルの北嶋秀朗は両ヒザの状態で翌日の天気を占うことができる。
「天気が悪くなる前日くらいに痛みが出るんです。大体、80パーセントの確率で当たりますね。僕は“ヒザの天気予報”って呼んでいるんですけど(笑)」
 2005年に右ヒザを脱臼して以来、8回も両ヒザの手術を重ねた。軟骨のほとんどが失われ、骨と骨がダイレクトにぶつかるため痛みは尋常ではない。
「よく“ヒザが痛む”という話を聞きますが“いや、絶対にオレの方が痛い”と思っちゃう(笑)」

 プロ15年目の33歳。サッカー選手にとって命とも言えるヒザはボロボロの状態ながら、今季はチーム4位の9ゴール。J1王者となったレイソルを支えた。

 ――復活の原因は何か?
「サッカーを具体化できるようになってきたことでしょう。これまでは自分の感覚に頼ってプレーしていた。だから調子がいい時はなぜいいのか、悪い時はなぜ悪いのか、それを説明することができなかった。しかし、いろいろな人の話を聞いて分析しているうちに、それを説明できるようになってきた。それが大きいと思います」

 では、具体化とはどういうことなのか。さらに踏み込んで聞いてみた。
「相手の矢印を意識しながらプレーできるようになってきたんです。たとえば(相手DFの)矢印がものすごく太い時、あるいは100%それが僕に向いている時にボールを受けにいくと不利になる。しかし、ちょっとタイミングをズラしたり、矢印が細くなった時にパスを受けにいけば、案外、スムーズにいったりする。そのへんのコツがわかってきた……」

 北嶋が言わんとする「矢印」とは相手の圧力の方向や量のことだが、それは目だけでは確認できない。DFを背負った時などは「気配」で察知するのだという。
「背後の雰囲気とか足音とか、あるいは“来てるぞ”という味方の声だったりとか、利用できるものは何でも利用する。ナイターの時は照明に映し出された影も参考になります。何となく影の動きやスピードで、その選手の意図がわかるものです。このことに気付いてからはやりにくいDFがいなくなりました」

 高校サッカーでは評判の選手だった。市立船橋高時代には1年時と3年時、2度、高校選手権で優勝を果たした。
 3年時、決勝の相手は神奈川県の桐光学園。同校には中村俊輔(現横浜F・マリノス)がいた。この大会、北嶋は6得点をあげ得点王に輝いた。通算16得点は03年度に、国見の平山相太(現FC東京)に破られるまで大会記録だった。
 複数のJクラブから誘われたが、北嶋は地元の柏レイソルを選んだ。本拠地の日立柏サッカー場に愛着を感じていたからである。
「僕が高校生の時、柱谷幸一さんがレイソルのFWでポストプレーを得意にしていた。それを勉強するため、よくこのスタジアムに来ていたんです。ハシラさんとは、ちょうど入れ違いになってしまいましたが……」

 北嶋は高校時代からポストプレーを得意としていた。左手で相手を抑え、アウトサイドでボールをキープするナイジェリアのヌワンコ・カヌばりのプレーでゴールを量産していた。
 しかし、プロの水は苦かった。1年目は6試合無得点。2年目も9試合で2得点のみ。フィジカル面を鍛え、00年、やっと花が咲く。30試合で18得点。わずか2試合の出場ではあったが、レバノンで行なわれたアジアカップの日本代表にも選ばれた。
 しかし、たび重なるケガが北嶋の前に立ちはばかる。点が取れずに落ち込む日々もあった。

 ――FWにとって一番、大切なものとは?
「僕は点を取ることだと思います。点を取る人が一番偉くて、それ以上の価値はない。FWにとってゴールは絶対的な価値だと思いますね」
 03年には清水エスパルスに移籍し、3シーズン、プレーした。その後、再び古巣へ。J2も06年、10年と2度、経験した。

 この4月29日には、ホームでのヴァンフォーレ甲府戦でJ1通算50ゴールを記録した。チームに3連勝をもたらす貴重な決勝ゴールでもあった。
 試合後、北嶋は素直に喜びを口にした。
「試合前から意識していたのでうれしい。それが多いか少ないかと言ったら少ないが、この50ゴールはいろんな人の支えや協力があって達成できたと思っています」

 ――振り返って、この通算50ゴールをどう思うか?
「昨季、J2落ちした時は、50ゴールを目指してプレーしている自分の姿が想像できなかった。それだけに周囲への感謝の気持ちが強かったですね。
 試合後にも言ったように、この年齢でFWだけやってきて50というゴールの数は決して多くはない。しかしヒザだけでも8度の手術、肩も入れたら9回も(手術を)やって、よく、ここまでできたなと。他人には誇れないけど、自分に対しては誇っていい記録だと思っています」

 今でもヒザは万全ではない。タッチライン沿いを走り、急に止まってボールをキープするようなプレーはできない。
「だからこそ(相手の)一手先を読むようなプレーを心がけています。若い時に今の知識と技術があったら、もっと楽しくサッカーできたのにな、と思う時はよくあります。年をとって、ちょっと引いた感じで自分を見ることができるようになりましたね。周りにもだいぶ目を配れるように変わってきました」

 北嶋には、どうしてもかなえたい夢がある。レイソルを世界一のクラブにすることだ。
「レイソルをクラブワールドカップで優勝させたいんです。現役中だろうが、現役を終わってからだろうが、それが自分の夢。サッカーができなくなっても、レイソルに関わって何かしたいっていうのだけはあります」
 今後、進むべき「矢印」の先をベテランはしっかりと見据えている。

<この原稿は2011年8月5日号『ビックコミックオリジナル』に掲載されたものを再構成したものです>
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