これまで意外なほど静かなオフシーズンを過ごしてきたヤンキースが1月13日、ついに動いた。
 この日、まずはヘスス・モンテロとヘクター・ノエシを放出し、マリナーズで昨季9勝を挙げたマイケル・ピネダと若手ホープのホセ・カンポスを獲得するトレードを電撃的に発表。その話題で米球界が騒然としている最中に、さらにドジャースからFAとなった黒田博樹と年俸1000万ドルの1年契約で合意したことも明らかになった。
(写真:黒田とピネダ獲得のニュースは、多くの関係者を驚かせ、そしてヤンキースファンを喜ばせた)
 昨季のヤンキースは、CC.サバシア以外に信頼できる先発投手が不在のまま開幕を迎えた。シーズン中にはイバン・ノバ、フレディ・ガルシア、バートロ・コローンらが予想外の働きでローテーションを支えたが、それでも依然として長い目で見て安心できる陣容には思えなかった。しかし、“激動の13日の金曜日”に発表された2つの移籍劇のおかげで、今季は一躍、“強力”と呼べる先発陣を手にすることになったのである。

CC.サバシア 19勝8敗 3.00
イバン・ノバ 16勝4敗 3.70
黒田博樹 13勝16敗 3.07
マイケル・ピネダ 9勝10敗 3.74 

AJ.バーネット 11勝11敗 5.15
フレディ・ガルシア 12勝8敗 3.62
フィル・ヒューズ 5勝5敗 5.79 (成績は昨季。勝敗、防御率の順)

 上記のように、ヤンキースは現時点で7人の先発投手を抱えている。
 この中で大黒柱のサバシア、昨季ブレイクしたノバ、実績のある黒田、ポテンシャルはエース級と言われるピネダのローテーション入りは確定的。春季キャンプからプレシーズン戦を通じて、3年連続19勝以上のサバシアに次ぐ2番手以降の序列が徐々に定まっていくのではないか。
(写真:サバシアのエースの座は不動。それに続く2〜4番手をノバ、黒田、ピネダがいずれかの順番で務めることになりそうだ。Photo By Kotaro Ohashi)

「マリナーズは多くの優れた若手投手を抱えていたけど、あのキッド(ピネダ)だけは別格だよ。彼はモンスターだ」
 大トレード翌日、「ニューヨーク・デイリーニューズ」紙は某チーム・スカウトが語ったというピネダ評を掲載していた。真っすぐは常時90マイル台後半を計時し、昨季はルーキーながらオールスターにも選出された底知れない才能は確かに魅力十分。将来性豊かな豪腕は、今季のチームの呼びものの1つとなるだろう。

 ノバはそこまでのスケール感こそないが、先発2、3番手は務まりそうな能力と、ニューヨークの大舞台でもひるまない心臓の強さを昨季、すでに示してくれた。そして23歳のピネダ、25歳のノバの精神的な負担を軽減させるべく、36歳のいぶし銀・黒田が両者の間で先発投手の3番手役を務めてくれれば心強いに違いない。

 もちろん、この3人にも不安材料は少なからずある。ピネダは昨季後半戦で1勝4敗、防御率5.12と乱れ、ノバにしてもメジャーでの実績は事実上、去年の1年のみ。黒田もそろそろ衰えを垣間見せても不思議はない年齢だし、しかもナショナルリーグ西地区から強力打線揃いのアメリカンリーグ東地区に移った。特にヤンキースタジアムでの登板時には右翼の狭さに戸惑いを覚えることはあるかもしれない。

 その一方で、これだけ高い潜在能力を誇る3人が揃って不発に終わることはちょっと考え難いのも事実。3人の中から少なくとも1〜2人は立場を確立し、サバシアとともに投手陣の軸となっていくのではないか。総合的に見て、ピネダ、黒田の加入のおかげで、ヤンキースの先発ローテーションの力が大きく底上げされたのは確実と言って良い。

 今後の注目点となるのは、ローテーションの残る最後の席を誰が得るか。そしてそこから漏れた投手が、どんな役割を果たすことになるのかという点である。
 バーネット、ヒューズ、ガルシアの中から1人が先発5番手となり、1人がブルペンに向かい、1人が放出要員となるのが妥当なシナリオ。中でも最も頭を悩ませるのはバーネットの処遇だろう。

 2年連続防御率5点台のバーネットは、ヤンキースファンとフロントの信頼をすでにほぼ完全に失ってしまった。昨夏の時点で、ジョー・ジラルディ監督、ブライアン・キャッシュマンGMともに、この投手の起用法に関する質問がメディアから殺到することに辟易していた感もあった。
 ここまで来たら、トレードするのが両サイドにとってベスト。まずはバーネットを放出し、リリーフでも実績のあるヒューズをブルペンに廻し、昨季好調だったガルシアを5番手で使うシナリオが理想的と言えるのではないだろうか。
(写真:先発投手が不作と言われた今オフ、ヤンキースは動きの鈍さが指摘された。しかし我慢した末に一気に2人の好素材を獲得。キャッシュマンGMもしてやったりといったところか)

 ただ……、ことはそうシンプルには運びそうにない。
「“誰を放出すべきか”といった質問は馬鹿げている。投票でもすれば、バーネット放出を望む声が圧倒的に多いに決まっているからだ。しかし、これまで期待を裏切ってきた上に、2年3300万ドルの契約を残した35歳の投手の引き取り先を見つけるのは、巨大ピアノを階段で5階まで運ぶのと同じくらい難しい」
 ESPNニューヨークのウォレス・マシューズ記者はそう記す。実際に評価がどん底まで下がったバーネットの引き取り手を見つけようと思えば、現状ではヤンキースが年俸の少なくとも7〜8割を負担する必要がある。そんな見栄えの悪いやり方を駆使してまで、トレードに踏み切るかどうかは微妙なところだろう。

 だとすれば、まだ25歳で伸びしろを残すヒューズをトレードし、打線の中で唯一の補強必要箇所であるDH&外野手要員を獲りにいくか。それとも昨年12月に再契約したガルシアを出し、バーネットとヒューズに先発5番手を争わせるか。もしくはトップ4の中からケガ人が出たときのことも考え、3人をすべて保持するか。
 開幕の時点で先発ローテーションがどんな順番になり、そして5番手が誰になっているかは現時点では想像し難い。サバシアが絶対のエースとして君臨し続けていること以外、昨季から多くが変わっていきそうだ。

 いずれにしてもMLB全体で投高打低が進み、投手の重要性が増しつつある中、力のある先発投手が余ってしまったというヤンキースが抱える悩みはぜいたくなものと言える。ピネダと黒田が期待通りの力を発揮さえしてくれれば、今季のヤンキース先発陣は近年最高のものと成り得るだろう。
(写真:来季のヤンキースはレンジャーズと並ぶア・リーグ制覇の最有力候補に挙げられるだろう)

 そして、まだ多くが流動的な中で、1つだけ確かに思えることがある。現時点で意見を集めでもすれば、1月13日を迎えるより前と比べ、かなり多くの関係者がヤンキースをア・リーグ制覇の最有力候補の1つとして挙げる。これは間違いないだろう。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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