「シクロクロス」。この名前を聞いてもすぐにイメージできる人は僅かだろう。ツールドフランスに代表されるサイクルロードレース、山の中など不整地を走り回るマウンテンバイク(MTB)。この2つを掛け合わせたサイクルスポーツがシクロクロスということになる。ロードのスピード感とMTBの技術や走破性が必要なスポーツで、国内でも30年以上の歴史を誇る。しかし競技人口は極端に少なく数千人。ロードの100万人超、MTBの数十万人という単位からみるとかなり少ない。まだまだ国内では相当なマイナー競技なのだ。そのシクロクロスが、なんと東京有数の観光地であるお台場のビーチにやって来た!
(写真:お台場が凄いことに!)
 そもそもこのスポーツは、ヨーロッパのロードレーサーたちが冬場のトレーニングとして始めたものだと言われている。農地や森の中を走っている選手がだんだんと増えていき、有名な選手が走っているものだから、それを見に来る人が増えていく。そのうち見学者からお金を集め、選手の賞金にして、それを元にさらに選手を集めてというかたちで、発展してきた。トレーニングとして自然発生的に生まれたものが競技になり、興行に発展するという極めてわかりやすい発展を遂げてきたスポーツなのである。

 そのため、観戦しやすいのも特徴で、1周2〜3?程度のコースを走り、競技時間は30分〜60分という他のサイクルスポーツに比べて狭い範囲、短い時間で行われる。その中に舗装路あり、オフロードあり、障害物ありと、乗り手が忙しく状況の変化に対応しなければならない。必ず途中に下車をしなければ通れないシケインと言われる障害がおかれるのも特徴で、自転車を降りたり乗ったりするスムーズさや、自転車を担いで走るスピードも必要になるかなりタフなスポーツだ。なので、今でもロードレース選手が冬場のトレーニングを兼ねて走っているケースが多いのだが、純粋な種目としてもワールドカップや世界選手権があり、欧米では十分に盛り上がっている。特にベルギー、オランダ、チェコなどでの人気は高く、コース脇は観客で埋め尽くされるのが通常となっている。
(写真:大勢のギャラリーに見守られ、スタート!)

 さて、ヨーロッパでは熱狂的な人気を誇るこのシクロクロスも、日本ではマイナースポーツ。当然、開催できる場所探しも難航する。その結果、いつも人里離れた山中や公園で開催しなければならない状況だ。会場にいるのは選手とその関係者だけで、知らない顔がいると目立ってしまうほど。ところが今年から、雑誌が特集を組んだり、TV中継が始まったり、マニアな人たち以外にも興味を持つ層が急激に増えてきた。この10年で増えたロードレースファンが、その魅力に気づきだしたということなのか。そして、とうとうお台場で大会開催されたのだ。「シクロがとうとうここまできたのか」と既存の愛好者が言っていたが、確かに画期的なこと。ただ、開催にあたり、「一般の人は面白いと思ってくれるのか」「興行として成立するのか」「観客は集まるのか」と心配ばかりの準備期間。正直なところ主催者サイドでさえどうなるのか読めない状況だった。

 2月11日、大会当日は好天に恵まれたこともあり、朝から増え続けた観客が1周1.5kmのコース脇に鈴なりになっている。このためにオランダから帰国した元マスターズ世界チャンピオン荻島美香選手をして「まるでベルギーみたい」と言わせたくらい。レースは日本チャンピオンの竹之内悠選手が前半から積極的な展開を見せ、中盤からはベルギーのベン・ベルデン選手と、アメリカのシクロ界のレジェンド、ティム・ジョンソンが素晴らしい走りを見せる。竹之内も粘りを見せて4位と健闘、日本勢としての意地を見せてくれた。そんな熱い選手たちの走りに触発された観客も大盛り上がり。いつもは観光客で賑わうビーチがすっかりサイクルスポーツ会場となった。
(写真:アメリカの英雄ティム・ジョンソンがお台場を走る!)

 今回の大会は、チャンピオン・システム・ジャパン社の木(あべき)亮二社長がラスベガスで開催されていた有名なシクロクロス大会の盛り上がりを見て、「なんとかこれを日本でやりたい」という思いから始まった。関係者の間ではお台場でやることにも反対もあったし、そもそも許可を取るのはかなり難航するかと思われていたのだが、「夢は語り続けると目標になる」という言葉のように、それを面白がり、様々なノウハウを持っていた人々が集まったことで開催にこぎつけた。
(写真:砂浜を駆け抜ける、大会優勝者のベン・ベルデン)

 そして今回の開催で確実に日本のシクロクロス界は新しいステージに向かう。ただやるだけでなく、見てもらうことにも意識した大会運営という考え方が浸透してくるだろう。また、選手も見られる環境ができると自覚が変わってくるはずだ。手抜きは許されないし、自己満足ではファンも許さない厳しさがある。だから今回の大会は運営サイドにも、選手にも多大な影響を及ぼすだろう。皆が見られることを意識することで、競技のパフォーマンスはもちろん観客、スポンサー集めなどにも影響してくるはずだ。日本選手の将来的な活躍のためにも、日の目を浴びる大会を増やすことは重要であると思う。
(写真:観客を沸かせた竹之内の走り)

 さて、シクロクロスが上陸して30年以上が経った。あと10年後にはどこまで発展しているのか楽しみとなる、大きな一歩の1日だった。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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