今回、ともに五輪に初出場する黒須成美(写真左)は「1年半で五輪に出られるくらいになって、すごくセンスを感じる」と山中の急成長ぶりに驚きを隠さない。黒須は中学2年から競技を本格的に始めたが、五輪の切符を得るには6年を要した。「強い選手がいたほうが私も刺激になって頑張れる」と“ライバル”の出現は歓迎だ。
 山中にとっても日本の第一人者である黒須の存在は大きい。
「大会も経験しているので、いろんなことを教えてもらって勉強になります。外国の選手ともフレンドリーに話をしていてうらやましいですね」
 日本の近代五種は層が非常に薄い。それだけにお互いが切磋卓磨できる環境が生まれたことはレベルアップにつながる。また試合になるとフェンシングは2人1組になって各選手と総当りで試合をしていく。1人で参加している国・地域の選手は徹底して標的にされるため、戦略上も代表が2人いたほうが有利だ。

 半年後に迫った五輪へ、山中はハードな1週間を過ごしている。5種目を満遍なく強化すべく、練習のスケジュールがびっしりと詰まっている。基本の予定は以下のとおりだ。
月曜=午前:射撃 午後:フェンシングと筋力トレーニング 夜間:水泳
火曜=午前:馬術 午後:水泳とフェンシング
水曜=午前:陸上とフェンシング
木曜=午前:射撃と陸上 午後:水泳とフェンシング
金曜=午前:馬術 午後:水泳とフェンシング
土曜=午前:水泳と陸上のサーキットトレーニング
日曜=オフ

 練習は自衛隊の中だけでなく、たとえば馬術では馬事公苑に出かけて指導を受けることもある。取材日はちょうど馬術のトレーニングをしていた。だが、まだ馬を充分にコントロールできず、せっかく障害を越えても反対方向へ動いてしまう。何度か繰り返して、ようやく思った方向へ馬を走らせることができた。しかし、コーチからは「頭が下がっている。前を見て。まだ終わりじゃない」と厳しい声が飛ぶ。

 金メダルを待受に

「課題はたくさんあります。フェンシングにしても反応はできても体がついてこない。1歩で出られるところを私は2歩かかっている。自分が一番得意なのはコンバイントなので、そこで勝負できるように他の種目を頑張りたい」
 まだ近代五種と出会って2年半。五輪までにやることは山のようにある。最初の種目となるフェンシングでは「駆け引きがまだできない。自分からアタックできず、受身になってしまう」と才藤監督も指摘する。

 山中は現在、ロンドン五輪の金メダルを携帯電話の待ち受け画像にしている。「金メダルしか画像がなかったんです(笑)」と笑顔をみせるが、実際にメダルを見るうちに、大舞台に参加することではなく結果を残すことに目標が変わってきた。
「今の実力では、まだまだ世界と対等に戦うことは難しいでしょう。特にヨーロッパの選手が得意なフェンシングや馬術で差をつけられる可能性が高い」
 才藤監督は五輪での戦いを決して楽観視はしていない。もちろん、本人も厳しい試合になることは分かっている。

「でも、彼女は高い目標を持って頑張れる。そこに期待したいですね」
 五輪の女子近代五種は大会最終日(8月12日)に実施される。祭典の締めくくりに金メダル級の笑顔が届くことを地元・高知の人たちは楽しみにしている。

(おわり)
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山中詩乃(やまなか・しの)プロフィール>
1990年8月3日、高知県生まれ。幼稚園から水泳をはじめ、城北中では駅伝メンバーに選ばれて県大会優勝。中3から4年連続で都道府県対抗駅伝の県代表に選ばれる。山田高では2年時に全国高校女子駅伝で県勢初の8位入賞に貢献。3年時は大分国体少年女子A5000メートルで2位に入る。09年に自衛隊入隊。近代五種を始める。転向後1年半で迎えた11年5月のアジア・オセアニア選手権(中国・成都)で5位に入り、黒須成美とともに日本女子初のロンドン五輪出場権を獲得した。身長158センチ、体重40キロ。








(石田洋之)
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