今年のプロ野球界の最大の話題は、やはりテキサス・レンジャーズのダルビッシュ有が、どのくらい活躍するか、ということになるのだろう。
 それにしても、連日のように放映されるキャンプの映像を見ていると、改めてきれいなフォームだと思う。
 左足を上げた時の、軸足(右足)でまっすぐに、すっくと立った姿。右腕の軌道、そして、限りなく打者寄りで放すリリースポイント。理にかなっている、だけではない。端的に美しい。
 あらゆるスポーツは、最終的に、フォームの美しい者が勝つのだ、と改めて主張したくなる。
 例えば、北海道日本ハムの4番(に定着するでしょう、多分)中田翔はどうか。
 ちょっと、昔の種田仁を思い出すような“ガニマタ打法”である。
 スタンスを広く、重心を落とし、ガニマタ気味に構える。そのままスイングして、ボールをとらえる。

 練習試合やオープン戦を見ていると、中田のスイングスピードは群を抜いている。
 彼は、この打法で、超一流打者への道を歩むのかもしれない。常識的な感覚では、ノーステップで打つと、確実性は増しても、飛距離は落ちるはずだ。しかし、中田には圧倒的なスイングの強さ、いわば体の強さがある。今の打法で30本でも40本でも打てるのかもしれない。
 とすれば、和製プホルズの誕生ですね。スタンスをガニマタ気味に広くとり、ほぼノーステップで(実はわずかにステップしているが)ホームランを量産する。打率も残す。現役最強打者と言ってもいいのだろう。

 中田を見ると、いつも思い出すのが、夏の甲子園での早実・斎藤佑樹との対決だ。中田は一学年先輩の斎藤の前に、4−0と抑え込まれるのだが。その4打席の間に打法を変えたのである。たしか、最初は足を上げていたのに、3打席目からすり足になった。
 その姿を見て、彼は、今後も打てなくなると、打法を変えるのだろうか、と、“怪物”と期待しつつも、一抹の不安がよぎったものだ。
 懸念は現実になった。彼はよくフォームを変える。昨年も、ガニマタ打法でスタートしたが、夏場から秋にかけて、足を上げて大きくステップして打っていた。

 例えば10月11日、ダルビッシュが18勝目をかけて登板した日。4回裏、埼玉西武の帆足和幸(現・福岡ソフトバンク)から、大きくステップして、左中間に叩きこんだホームランは見事だった。いや、美しかった。タイミングがぴったり合っていた(微妙につまり気味にとらえて打球を押し込んだ、といってもいいかもしれない。ホームランを打つ、典型的な打法である)。
 打率、打点、ホームラン、3つともに高いレベルを求めて、彼は今の打法を選択したのだろう。それをとやかく言う筋合いではないが、と留保しながらも、やはりステップして打った時の美しさが、私の脳裏から離れない。

 もう一人、気になる甲子園のヒーローがいる。菊池雄星(西武)である。
 菊池の高校時代の発言も、ちょっと中田と似たところがあった。つまり、いつも、投げる時の左ヒジの高さを気にしていたのである。「昨日のヒジの高さが、ベストです」とか、「はまりました」とか、しょっちゅう、そんなコメントをしていた。
 逆に言えば、ヒジの位置を決めきれないで、日々投げていたのだ。
 甲子園の菊池は、気持ちいいくらいビシビシ腕の振れるピッチャーだった。腕の振りを見ているだけで、満足できた。
 しかし、これから不振に陥った時、いちいちフォームを変えるのではないだろうか。彼に関しても、そんな一抹の不安はあった。

 この懸念も、現実のものとなった。
 今年のキャンプで、菊池はフォームを改造し、ヒジの位置を上げている。
 基本的には、ヒジの位置はある程度、高い方がいい。ましてや、今季はタテのカーブを習得している最中だという。とすれば、なおさらヒジの位置を上げるのは、いわば当然の帰結ともいえる。
 ただ、見ていると、どうもテイクバックの時に、上体が上を向くというか、そっくり返るように見える瞬間がある。わずかなことだが、たとえ瞬間的にでも、この形が見えるフォームの投手が大成したという記憶はない。

 まだまだ、道半ばなのだろう。次のレベルに上がるための、一つのステップとしての今のフォームであってほしい。
 だって、ダルビッシュを見てごらんよ。あんな形になっていないよ。というと、体の動きは一人一人別の個性だと言われるかもしれない。では、今よりも、もっと腕が振れていた花巻東時代の菊池と比べてみてはどうか。
 今の方が、技術的に上なのだと言われるかもしれない。しかし、美しいのは高校時代の方である。
 美には、必ず根拠となる理が宿っているのだ、と言いつのっておこう。

 中田と同じようにノーステップで打つ注目の打者に、早大ソフトボール部出身の大嶋匠(日本ハム)がいる。
 これは日本ハムのスカウトの勝利というべきだが、大嶋はおそらく近い将来、一軍で通用するのではないだろうか。
 大きくスタンスをとって、ノーステップで打つのだが、その両足、両ヒザの動きが実に柔らかいのである。中田を剛とすれば、大嶋は柔のノーステップ打法。だから、変化球でも左投手のボールでも、少なくとも捉えられるかたちでスイングしている。
 もちろん、ソフトボールという競技の特性もあるのだろうけれど、彼の本来の打ち方がノーステップ打法なのだろう。その点、中田は本来、ステップする打者だと私は思う。それを、彼らのフォームの原型と呼んでもいいだろう。

 フォームとは美である。そして、おそらくその美を生み出す起点は、その選手個々が本来的にもっているフォームの原型なのではないか。
 ダルビッシュとは全然違うけれども、例えば前田健太(広島)のフォームも美しい。彼は自らの原型を保ちながら、進化することのできた典型例である。
 例えば、高校時代と現在のフォームを比べても、形は、基本的には変わっていない。
 しかしながら、内実は、進化している。同じ形でも、センバツの時は腕の力に頼っていたが、今は下半身から投げる、というふうに。そこに、おそらくは前田の成功の秘密もあるのだ。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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