日の丸のプライドを手にして化けた鹿島GK早川

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 女心と秋の空。8位の浦和までは優勝の可能性がある、と書いたのはたった1週間前のことなのだが、状況は激しく移ろった。浦和が引き離され、川崎F、広島、町田も厳しくなった。個人的には、「一歩抜け出したか」と見ていた京都が3位に沈み、3連覇を狙う神戸がヒタヒタと順位をあげてきた。これで優勝争いは柏を含めた4チームに絞られた、と言いたいところだが、季節はいよいよ秋。どんでん返しが待っているかもしれない。

 

 以前、野球解説者の里崎智也さんが「野球はPK戦を延々と繰り返すような競技」とおっしゃっていたことがある。コースや球種を読む者と読まれまいとする者の対決。なるほど、言い得て妙と感心させられた。

 

 つまり、GKは野球の打者と似たところがある。

 

 先日、かつて“赤ゴジラ”と呼ばれた元広島の嶋重宣さんにお話を伺う機会があった。なぜ04年の嶋重宣は突如として覚醒したのか。彼の答えがこうだった。

 

「バッティングって、結構、心なんですよ」

 

 ほぼ鳴かず飛ばずで迎えたプロ入り10年目、ようやく開幕スタメンのチャンスを与えられた彼は、3戦目に5年ぶりとなる本塁打を放つ。その直後、当時の山本浩二監督から今後のスタメン起用を確約する(と思える)言葉をもらったことで、どこか縮こまっていたメンタルが、一変したのが大きかった、という。

 

 GKも、結構、心なのかもしれない。アジアカップでファンやメディアを激怒させていた鈴木彩艶は、パルマで実績を積んだことで評価を激変させた。だが、ひょっとすると鈴木以上のスピードで階段を駆け上がっているように見えるのが、鹿島の早川である。

 

 圧巻だったのは先週末の浦和戦だった。ほぼ主導権を相手に握られ、試合開始から終了の瞬間まで、鹿島守備陣が心穏やかにすごせた時間はほとんどなかった。だが、早川が止めた。止めて止めて止めまくり、試合終了直前に訪れた決定機も見事にはね返してみせた。鹿島の決勝点が相手GKのミスから生まれたこともあり、その働きは一層際立った。

 

 続くC大阪戦でも早川は素晴らしいショットストップを連発した。鹿島がこの2試合で獲得した勝ち点6は、GKが早川でなければまず間違いなく何ポイントかを削られていた。

 

 神奈川の桐蔭学園から明治大学を経て鹿島に入団した早川に、年代別の代表に選ばれた経験はない。今年7月のE-1選手権で初代表に招集された際は、驚かれた方も多かったのではないか。

 

 だが、一度日の丸を背負い、かつ、評価に値するプレーをしたことで、早川は変わった。というか、化けた。通常、26歳になった選手が、シーズン途中に化けることは考えにくいのだが、代表選手のプライドを手にしたことで、彼は明らかにプレーヤーとしてのレベルをジャンプアップさせた。

 

 最近の早川のプレーを見ていると、我慢できる時間が長くなった、と感じさせられる。ほぼ絶体絶命、GKとしてはイチかバチか身体を投げ出したくなる場面でも、彼はコンマ何秒か長く我慢して、相手の気配を探っている。打つ側からすれば、シュートが早川に吸い込まれていくような感覚があるのではないだろうか。

 

 93年に始まったJリーグの歴史において、GKがMVPを獲得したのは一度のみ。だが、このまま鹿島が突っ走るようなことがあれば、早川が楢崎正剛に続く存在となっても不思議ではない。

 

<この原稿は25年9月25日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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