2011年4月、柳川大樹はリコーブラックラムズの一員としてスタートを切った。スピードや敏捷性の部分は、社会人に入っても通用した。しかし、ことコンタクト勝負になると、簡単に跳ね飛ばされる日々が続いた。特に、同僚の外国人選手との競り合いでは、全く歯がたたない。「単純にフィジカルが強いということもあるのですが、長いリーチを生かして相手を懐に入れさせない巧さも備えているんです」。柳川は、トップリーグのレベルの高さを実感していた。そんな5月、柳川に思いもよらぬ知らせが届く。7人制ラグビー(セブンズ)の日本代表セレクション合宿への参加要請を受けたのだ。
 評価されたのは総合力

 セブンズは1チーム7人が15人制のラグビーと同じフィールドを使い、7分から10分ハーフで試合を行なう。1993年から15人制のラグビーと同様に、4年に1度、W杯が開催されており、五輪においても2016年のリオデジャネイロ大会から正式種目となることが決定している。この競技は、広いフィールドを少ない人数でカバーするため、ボールが大きく動き、スピードとアジリティ、正確なハンドリングスキルが勝敗のカギを握る。また、15人制に比べ、フィジカルの強さよりも最後まで走り続けられる持久力とランニングスキルが要求される。ゆえに、セブンズでは一般的に15人制でいうバックロー(FL・NO8)やバックスの選手が多く選ばれる傾向がある。

 ではなぜ、ロック(LO)というFWの選手の柳川が、セブンズ日本代表に選出されたのか。ブラックラムズの山品博嗣監督いわく、その理由は「総合力の高さ」にあるという。柳川は190センチの長身ゆえにラインアウトなどのセットプレーに強く、バックス並みのスピードと高いアジリティも兼ね備えている。ゆえに、ラグビー選手としての総合力が問われるセブンズに選ばれたのだ。

 しかし、柳川自身は不安を抱えていた。なぜなら、これまで一度もセブンズを経験したことがなかったのだ。どんなプレーをすれば、セブンズの選手として活躍できるのか――。悶々とした不安と疑問を抱いたまま、合宿は始まった。ところが、柳川の不安はすぐに消えた。代表監督から「オマエは15人のラグビーをやればいい」と言われ、迷いがなくなったのだ。柳川は自身の特徴であるスピード、俊敏性を生かし、セットプレーでも安定したキャッチングを見せた。その結果、合宿後に行われたチャリティーマッチの代表メンバーに選考はされなかったものの、それから2カ月後の7月には「HSBCアジアセブンズシリーズ」に臨む選抜強化合宿のメンバーに選ばれた。

 そして、8日間に及ぶ合宿では、セレクション合宿の時には感じなかったセブンズと15人制の大きな違いを感じたという。「タックルの仕方などの大きな部分は15人制のラグビーと一緒なんです。ただ、攻守におけるシステムや戦略がかなり違うので、すごく戸惑いました」
 だが、合宿ではそんな戸惑いを全く感じさせることなく、フィットネスやセットプレーなどのトレーニングで改めて、代表首脳陣に高い運動能力をアピールしてみせた。そのアピールが実を結び、柳川は9月のHSBCアジアセブンズシリーズ2011「ボルネオセブンズ」の日本選抜メンバーに名を連ねた。そして、同大会で決勝を含む6試合すべてにフル出場を果たし、大会通算で2トライをあげる活躍で日本の優勝に貢献した。

 優勝を手土産にブラックラムズに戻った柳川は、再び15人制のラグビーへと身を置く中で、自身のある変化に気がついた。
「ボールキープのところで、以前より粘り強くなっていたんです」
 試合時間が7分ずつ(※前後半合わせて14分)のセブンズでは、相手にボールを支配されるとなかなか点を奪えず、苦しい状況に陥る。ゆえに、タックルされても簡単にボールを放さないボールキープ力が重要なのだ。そのため、セブンズを経験することによって、無意識にボールキープ力が増していた。無論、15人制においてもボールキープ力の高さは選手の重要な要素である。柳川は確実にラグビー選手として成長していた。その延長線上に、開幕戦のスタメン抜擢があったといえるだろう。

 考えるプレー

 トップリーグが開幕してから3週間後、柳川は再びセブンズ日本代表に選出された。今度は「アジアセブンズシリーズ」ではなく、「セブンズワールドシリーズ」に臨む代表への招集で、日本は予選プールでオーストラリア、南アフリカ、アメリカと同組になっていた。柳川は世界の強豪との戦うチャンスを得たのだ。ところが、「世界」との勝負は甘いものではなかった。

 初戦のオーストラリア戦は0−33、南アフリカとの第2戦は7−31と15人制でも強豪と呼ばれる国々に大敗を喫した。
「フィジカル、スキル、スピード、フィットネス……。すべてにおいてレベルが違いました」
 柳川は、初めて経験した世界との差をこう振り返った。特に、タックルしても倒れない外国人の強靭なフィジカルに苦しんだ。自信をつかんだボルネオセブンズとは一転して世界との差を痛感した。

 だが、柳川は転んでもタダでは起き上がらない。世界との差を認めつつ、決して勝てない相手ではないと確信していた。
「今後も、日本人が外国人相手にフィジカル勝負で勝るのは難しいでしょう。ただ、俊敏性や持久力といった部分は近づける。まだ強豪国との差はありますが、そういった部分こそ、日本が世界に勝つための最大の武器になると思います」
 結果は惨敗だったものの、世界と戦うポイントを柳川はしっかりと掴んでいた。また、「ボールを奪いにこられた時に、緩急をつけたり、腕をうまくつかったりして、相手をずらすことがわかってきているのかなと感じます」と自身のプレー面においても、確かな成長を感じたという。

「セブンズワールドシリーズ」を終え、ブラックラムズに戻った柳川は、フィットネスのさらなる強化に加え、課題とされてきたフィジカルの強化にも乗り出した。これまでは「筋トレをやっている時が一番憂鬱(苦笑)」と語るほどウエイトトレーニングに消極的だった。だが、世界との対戦を経た今、「世界と戦っていくためには、フィジカルの強化は避けられない」と積極的に筋力強化に励むようになった。

 そして、柳川はトップリーグで経験を重ねる中で、新たに心がけるようになったことがある。それは「考えてプレーする」ことだ。
「学生時代は、ガムシャラにプレーしているだけでした。でも、ブラックラムズで試合に多く使ってもらえる中で、レベルの高い相手と戦うためには考えることが必要だと思ったんです。たとえば走るコースであったり、ブレイクダウン(※密集でのボールの奪い合い)にいく人数であったり……。今では、常に考えてプレーするようになりました」
 学生時代は、「あそこが空いているな」と感じれば、他の選択肢を考えることなく仕掛けていた。それが、トップリーグやセブンズで経験を積んだことで、生き残るためには、チームに最も有効なプレーを選択する必要があると悟ったのだ。

 監督の山品もその変化を感じ取っていた。
「セブンズやトップリーグの練習や試合を経験したことで、自信が着々とついているのでしょう。トップリーグの開幕戦の時は、どちらかというとバタバタして、生まれたての動物のようで、プレーに落ち着きがなかった(笑)。それが今は徐々に、落ち着いて考えた中でプレーすることができるようになってきています」

 考えるプレーが実を結び、リーグ戦初のトライを決めたのが、トップリーグ第10節(1月15日)のNTTコミュニケーションズシャイニングアークス戦だ。その試合にスタメン出場した柳川は、0−8とリードされて迎えた前半12分、左中間の22メートルラインでボールを受けると、パスではなく突破を選択。迫りくる相手DFを緩急や腕を使ってうまくかわし、ゴールラインに到達したのだ。瞬時の適切な判断とセブンズで習得した技術が、このトライに集約されていた。
「この試合でのトライは、今季のリーグ戦で最も印象に残っているプレーです。監督や先輩方からも評価してもらえましたし、自分でも誉めてもいいんじゃないかなって思うんです(笑)」

 日本を代表する選手に

 柳川は今季、リーグ戦全13試合中11試合に出場したが、チームはレギュラーシーズンで7位に終わった。全日本選手権の出場権をかけたワイルドカードトーナメントでも神戸製鋼コベルコスティーラーズに敗れ、柳川のルーキーイヤーは幕を閉じた。それでもシーズン終了後に行われたブラックラムズのクラブ年間アワードで、新人賞に輝いた。柳川に周囲が寄せる期待は大きい。

 今後に向けて柳川の課題は何なのか。山品に訊ねると、「やはりフィジカル面の強化でしょう」と言い、ある選手の名を例に出した。その選手はトヨタ自動車ヴェルブリッツ所属の菊谷崇だ。昨年に行われたW杯ニュージーランド大会に参加した日本代表の主将である。菊谷は、柳川と同じ大阪体育大学の出身で、FWながらスピード豊かであるプレースタイルも柳川と類似している。唯一異なる点は、屈強なフィジカルを備えていることだ。
「菊谷選手も大学を卒業した時は柳川と同じように線が細かったんです。それがトヨタに入って、相当ウエイトトレーニングを重ねたのでしょう。今では一回り大きくなって、屈強な身体の持ち主になっています」

 菊谷が日本を代表するFWになれたのは、スピードを維持したまま筋力アップに成功したからだ。山品は柳川に菊谷と同じような成長を期待しているのだろう。その上でこう言いきった。
「柳川の全身のバネを見ていると、私は菊谷選手以上の選手になる可能性があると思います。あと10キロほどウエイトを増やし、常に落ち着いてプレーする大人のメンタルを得られれば、日本を代表する選手になりますよ」

 柳川自身も「クラブで活躍すれば、代表に選ばれるチャンスはある。リオ五輪と、もちろんイングランドW杯にも出たいです」と語っている。桜のジャージーを身にまとった柳川が、世界を相手に戦う日はそう遠くはないはずだ。
 トップリーグ2年目となる来季は、相手のマークも厳しくなる。だが、柳川はふてぶてしく、その困難を乗り越えていくに違いない。

(おわり)
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柳川大樹(やながわ・だいき)プロフィール>
1989年2月19日、徳島県生まれ。徳島県立城東高―大阪体育大学。城東高では3年時に全国高校ラグビー選手権に出場し、徳島県勢では36年ぶりに初戦を突破。大体大では1年からベンチ入りを果たし、U-20日本代表候補に選ばれる。11年、リコーブラックラムズ入り。リーグ戦13試合中11試合、1トライを獲得。同年、7人制日本代表に選出され、11年ボルネオセブンズは全6試合にフル出場して優勝に貢献した。オーストラリアで行われたセブンズワールドシリーズにも参戦し、世界レベルを経験。3年後のイングランドW杯、7人制ラグビーが正式種目となるリオデジャネイロ五輪出場を目指している。ポジションはロック、ウイング並のスピードを誇り、空中戦にも強い。身長190センチ、体重100キロ。

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(鈴木友多)
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