「なんならマタの下から投げてもいいんだぜ!」
 こうウソぶいたと言われるのが中日の元エース小川健太郎(故人)だ。
 小川と言えば沢村賞に輝いたこともある名投手だが、それよりも天敵の王貞治に“背面投法”を披露したことで知られる。

 1969年6月15日、東京・後楽園球場。0対1と中日1点ビハインドの3回裏、2死無走者の場面で先発の小川は3番の王を打席に迎えた。アンダースローの小川は王を苦手としていた。
 2ストライクナッシングからの3球目、小川はワインドアップの体勢から、いつものように深く沈み込む直前にヒョイと右手のスナップをきかせ、あろうことか背中越しにボールを投じたのである。ボールはワンバウンド気味にキャッチャーミットにおさまった。王がキツネにつままれたような表情を浮かべたのは言うまでもない。

 小川はこのシーズン、王に4球も掟破りの“裏技”を披露している。
 こう書くと、「まったくフザけた野郎だ」と思われるかもしれないが、これは苦肉の策だった。王には何を投げても打たれる。そこで編み出したのが、この“背面投法”というわけだった。

 キャッチャーの木俣達彦によれば「練習では半分くらいストライクに入っていた」という。背中越しの投球よりも、マタ下からのそれはもっとコントロールが良かったというのだから驚きだ。
 当然のことながら、本邦初公開の「背面投法」は物議をかもした。ボークにこそ取られなかったものの「天下の王に対して失礼だ」という批判の声もあがった。
 しかし、小川はそれにひるむようなタマではなかった。だから懲りもせず、その後も“掟破り”を続けたのである。

 冒頭のセリフは小川のヘソ曲がりな性格、いや反骨心を示して余りあるものだった。ONをベビーフェイスとすれば、小川は極めつけのヒールだった。

 ヒールと言えば近鉄などで活躍した加藤哲郎も忘れられない。
「巨人はロッテより弱い」
 舞台は89年の巨人との日本シリーズ。第3戦、先発のマウンドに上がった加藤は7回途中まで巨人を3安打に封じて勝ち投手になった。この勝利により、近鉄は一気に3連勝で日本一に王手をかけた。

 そして試合後のインタビューで飛び出したとされるのが先のセリフである。
 しかし、加藤によると、これはかなりねじ曲げられたものらしい。ある記者に「(巨人はパ・リーグ最下位の)ロッテより弱いんちゃうの?」と聞かれ「そりゃ、ロッテに失礼や」「どっちが怖いか言うたら、(打線は)ロッテの方やな」と答えたところ、翌日の新聞に「今の巨人ならロッテの方が強い」と出てしまったというのである。
「だから新聞に出ているようなことは絶対に言ってない。ただ、“まぁそれに近いことは言うたわなァ……”とは思っています」
 加藤は苦笑を浮かべて、そう振り返った。

 この一言が寝た子を起こしてしまった。やられっ放しじゃ終われん、とばかりに巨人打線が奮起、3連敗からの4連勝で日本一を達成したのである。
 最終の第7戦、加藤のストレートをライトスタンドに運び去った駒田徳広は、三塁ベースを回る直前、マウンドの加藤に向かってあからさまに「バーカ!」と叫んだ。テレビカメラははっきりとそのシーンをとらえていた。

 小川にしろ加藤にしろ、決して行儀のいいタイプではなかったが、どこか憎めなかった。むしろプロ野球を面白くした功労者ではなかったか。
 近年、めっきりヤンチャな選手が少なくなった。マイクを向けられても、ハンで押したようなコメントばかり。
「チームに貢献できてうれしいです」
「明日から頑張ります」
 いつからプロ野球は金太郎アメ集団になってしまったのだろう。何かしゃべると、すぐに揚げ足取りをする私たちメディアにも責任はあるのだろうが、小粒な優等生ばかりでは面白くも何ともない。

 芥川賞を受賞した田中慎弥さんは「もらっといてやる」と言い放って一躍“時の人”となった。この仰天発言が効いたのか、受賞作の「共喰い」の累計発行部数は25万部に達した。これは純文学としては異例の部数だそうだ。
 プロ野球界にもビッグマウスが必要だ。監督やコーチは「プロにとって無個性は悪である」と、きちんと教えて欲しい。

<この原稿は2012年3月23日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

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