今、最も日本の野球ファンが注目しているのが、今シーズン、海を渡った日本の大エース、ダルビッシュ有(レンジャーズ)でしょう。報道を見ている限りでは、米国でも非常に注目されているようですね。25日現在、4試合に登板し、3勝0敗。内容的にもどんどんよくなってきています。4試合目のヤンキース戦(25日)では、9回途中まで無失点とほぼ完璧な内容で、ようやく彼本来のピッチングを見ることができたという感じでしたね。レンジャーズ自体、打線が好調ですから、今後ますますの活躍が期待されます。
 さて、ここまでのダルビッシュのピッチングを振り返ってみましょう。4試合中、はじめの3試合は、日本とは異なるマウンドの硬さ、ストライクゾーン、キャッチャー、審判……これらと照らし合わせながら、自分のとるべきスタイルを模索する、その連続だったと思います。まずは9日(現地時間)、イチロー、川崎宗則との日本人対決が話題となったマリナーズとのデビュー戦ですが、この試合はさすがのダルビッシュもメジャー初登板ということで緊張と高揚感があったのでしょう、ピッチングに力みが出ていましたね。初回にいきなり4失点するなど、5回2/3を投げて8安打5失点。味方打線の援護で勝利投手にはなりましたが、もちろん本人は悔しさの方が大きかったことでしょう。

 この試合は初回の先頭打者にストレートの四球、さらに1死満塁で迎えた川崎をもストレートの四球で出し、押し出しで4点目を献上するなど、四球数の多さが目立ちました。北海道日本ハム時代には見たこともない荒れように、驚いた方も少なくなかったと思います。この要因の一つに挙げられるのは、やはり日本とは異なるマウンドの硬さです。特にダルビッシュの場合は、他の投手以上にステップの幅が広く、踏み出しの足が前に出ます。その状態から、体幹の強さで体を回転させて投げるのですが、この時大事なのは体重移動です。しかし、マウンドが硬いことで、その体重移動がスムーズにいかず、うまく左足に体重を乗せることができなかったのです。そのために、普段は左足をしっかりと地面に踏み込んだ後に体の回転をさせて投げ下ろすところを、左足が地面につくと同時に体が前につっこんでしまい、アンバランスなフォームになっていました。

 また、日本とは違うメジャーのストライクゾーンがまだ把握できていないことも大きかったと思います。よくメジャーは日本と比べると、内角に厳しく、外角のストライクゾーンが広いと言われます。確かに内角には厳しいのですが、外角に対しては意外と日本とそれほど変わらないのです。さらに言えば、審判によってもストライクゾーンは異なります。この試合では左打者に対しての外角のボールをなかなかストライクにとってもらえませんでした。そこで試合の中でどこに投げればストライクに取ってもらえるのかを模索しながら投げていたと思います。しかし、そのためには微妙な指先の感覚による修正が必要です。よく滑るメジャーのボールに慣れていないダルビッシュには、それが非常に難しかったのだと思います。

 対カブレラで見えた“模索”の答え

 デビュー戦ではワインドアップで投げていたダルビッシュですが、2試合目からはノーワインドアップで投げていましたね。そして3試合目の途中、ノーワインドアップからセットポジションに変えています。これは、単に迷っているのではなく、マウンドとの相性を考え、どのポジションで投げれば、自分がイメージした通りのピッチングができるのかを模索していたのです。しかし、25日のピッチングを見ている限りでは、今のところはセットポジションが最もフィットしていると感じているのではないでしょうか。

 さて、3試合目以降、本来の力を発揮し始めた要因の一つには、相手がどうということではなく、自分のピッチングをしたことが挙げられると思います。デビュー戦などは、完璧を求めてメジャー式のピッチングをしようとしたところが見受けられました。しかし、試合を重ねるごとに、本来の自分のピッチングに戻してきています。例えば、3試合目のタイガース戦、6回裏、強打者のカブレラに対し、これまでなら長打を警戒して低めにコントロールしようとしていたところを、力勝負でいきました。少し甘めに入った直球を鋭いスイングで振り抜かれ、あわやホームランかと思うような飛球を打たれましたが、フェンス手前で失速し、結果はライトフライに打ち取りました。危なかったボールといえばそうですが、それでも力勝負を挑み、打ち取ったという結果を得たことは事実です。こうした積み重ねをしていくことで、相手打者のダルビッシュへの印象も変わってくるはずです。25日のヤンキース戦での好投も、自分のもてる力を発揮しようとした結果だったと思います。

 ヤンキース戦を見る限りでは、ダルビッシュは早くもメジャーのマウンド、ボール、ストライクゾーン、審判に順応し始めているようですね。この対応力の高さもメジャーで活躍するうえでは欠かせない要素です。レンジャーズは打線も好調ですから、気持ち的に楽に投げられていることも、ダルビッシュの順応速度をアップさせているのかもしれませんね。とはいえ、メジャーの球場はそれぞれ形状も違えば、土質も違います。さらに気候もまちまちで、ホームのテキサスにおいては、夏場の熱さは想像以上のものがあると思います。それらに対応することは容易ではありませんから、今後も苦労はあるでしょう。その中でダルビッシュがどんなピッチングを見せてくれるのか、注目していきたいと思います。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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