MLBのアメリカ本土開幕から約2週間が過ぎ、ヤンキースの先発ローテーション投手たちが意外な苦戦を味わっている。
 4月18日のツインズ戦を終えた時点で、先発投手の通算成績は4勝5敗、防御率5.77と無惨なもの。前評判が良かったヤンキースが、最初の12戦で6勝6敗と開幕ダッシュに失敗した最大の理由はここにあると言ってよい。
(写真:期待の大きかった黒田も最初の3戦で1勝2敗ともうひとつ Photo by Kotaro Ohashi)
 ペーパー上は近年最高のメンバーが揃ったはずだった。ヤンキース移籍以来3年連続19勝以上のCCサバシアを絶対の大黒柱に、昨季新人ながら16勝を挙げたイバン・ノバ、一昨季18勝のフィル・ヒューズ、通算145勝のフレディ・ガルシアが脇を固める。

 さらに今オフにはドジャースでの過去3年で41勝を挙げた黒田博樹、昨季新人ながらオールスターに出場したマイケル・ピネダを獲得。春季キャンプ中には240勝左腕のアンディ・ペティートが現役復帰を表明し、新たなアクセントを添えることにもなった。こうして実績ある投手が7人も揃ったため、いずれ2人をブルペンに廻さなければいけないといううれしい悩みが話題になったほどだった。

 ところが、開幕前にピネダが右肩故障で離脱を余儀なくされ、さらにフタを開けてみれば、ほぼすべての投手たちが不調。今季最初の2登板で続けて勝ち星を挙げたのはノバだけで、残るサバシア、黒田、ヒューズ、ガルシアは防御率5点以上と低迷している。

 日本のファンの期待を背負う黒田も、この悪い流れをせき止めるには至っていない。4月13日のホーム開幕戦でこそエンジェルスを8回0/3まで無失点に抑え、「最高の気分」と笑顔をみせた。しかし、あとの2度の登板ではどちらも6失点(7日のレイズ戦では自責点は4)。18日には決して強力打線と言えないツインズにも打ち込まれてしまった。

「まだパニックボタンを押すのは早過ぎる。僕はうちの先発陣を信頼しているし、彼らが良い投手たちであることに疑いはないよ」
 捕手のラッセル・マーティンのそんな言葉は、もちろん正しいのだろう。2、3度の失敗に過剰反応すべきではないし、それぞれ確かな実績を持つ投手たちは徐々に調子を整えてくるのかもしれない。
(写真:監督、コーチが心配そうにマウンドに駆け寄るシーンが目立つ(背番号36はガルシア) Photo by Kotaro Ohashi)

 ただその一方で、今季のメンバーでサバシア以外の投手たちは、もともとそれぞれ不安要素を抱えていたのも事実ではあった。
 黒田はこれまで投高打低のナ・リーグで投げてきた投手だし(ア・リーグ相手には今季3戦を終えた時点までを含めて通算4勝10敗)、ノバも実働は去年の1年のみと経験不足。ガルシアは35歳と高齢化し、ヒューズも昨季は防御率5.79と期待を裏切ったばかりだ。

 高レベルなア・リーグ東地区で勝ち抜くためには、彼らの適応や本格化を悠長に待っている余裕はない。そして18日の試合後には、ジョー・ジラルディ監督も「今のところブルペンに負担をかけすぎてしまっている」と先行きへの懸念をほのめかしていた。
 地区内で開幕ダッシュに成功したチームが存在しないのは、とりあえずラッキーではあった。しかし実力伯仲の戦いが長く続きそうなことを考えれば、今の時期にリリーフ投手たちを酷使するのは確かに不安だろう。

 そんな状況下で、これからヤンキースの先発ローテーション内でサバイバルレースが始まりそうな気配がある。
 右肩を痛めたピネダは16日にはブルペンでの投球練習を開始し、復帰は5月ごろになりそうな見通し。ペティートの調整も順調なようで、ピネダと同じく5月にはメジャーのマウンドを踏めそうだと予測されている。

 23歳のピネダは怪物級と言われるほどのポテンシャルを秘めた有望株。しかも大物プロスペクトのヘスス・モンテロを放出してまで獲ってきた選手なのだから、準備が整えば使わないわけにいかない。
 一方のペティートは、ニューヨークで勝てることをすでに十分に証明してきた選手である。右翼が狭いヤンキースタジアムに適したサウスポーであることを考えても、ヤンキース首脳陣には依然として魅力的なオプションに違いない。

 もし、このまま先発ローテーションの投手たちが不調を続ければ、ピネダとペティートがローテーションに組み込まれることは必至だろう。そうなったとすれば、この2人の代わりにいったい誰が外れることになるのか?
(写真:エースのサバシアに次ぐ2番手はまだ確立されていない Photo by Kotaro Ohashi)

 年齢的に伸びしろが少ないガルシア、救援での実績があるヒューズが、とりあえずはその有力候補と目されてきた。ヒューズは2009年にセットアッパーとして見事な活躍でヤンキースの世界一に貢献しており、「適性はブルペンの方にあるのではないか」という声が未だに囁かれている。ベテランのガルシアはロングリリーフや谷間の先発も務まりそうだし、年俸400万ドルとお買い得なだけにトレードでの引きもあるはずだ。

 ただ、残りの投手たちも油断すべきではない。サバシアはともかくとして、ノバや黒田も絶対に安泰というわけではあるまい。
 今季年俸1000万ドルの黒田は、サバシアと同じく先発の一角をキープすることは間違いないと目されてきた。13日のホーム開幕戦での印象が強烈だっただけに、1勝2敗のスタートでも、その役割がすぐに危うくなることはないだろう。

 しかし、18日のツインズ戦での降板時には、ファンからすでにブーイングに曝されていた。このまま好不調の波の激しい投球を続けた場合、まだア・リーグでの実績に乏しい黒田の立場も厳しくなる可能性もある。チーム内で不可欠の存在と認識されるためにも、新しいリーグに適応できることをなるべく早く示し、持ち前の安定感を取り戻したいところだ。
(写真:調子が悪い日でも上手にまとめる投球が今後の黒田の課題か Photo by Kotaro Ohashi)

 今季の「先発投手が多過ぎる」というヤンキースの現状は、資本の豊富なチームならではの贅沢な悩みにも聞こえる。だが、実績、実力ある投手が余っているというのは、決して健康的な状態ではあるまい。状況によってはチーム内から不協和音が飛び出すことも考えられるだけに、ジラルディ監督以下、ヤンキースの首脳陣は慎重な対応を余儀なくされることだろう。

 3年ぶりの世界一奪還に向けて投手陣を整備したヤンキースだが、少なくともシーズン最初の2週間では、その目論見通りに進んでいない。
 これから先、いったいどんな陣容で戦っていくことになるのか。チーム内の争いで誰が勝ち残り、夏が過ぎる頃にはローテーションの順番はどうなっているのか。王座奪回を義務づけられた“悪の帝国”の動向から、今後しばらく目が離せそうにない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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