2012年のメジャーリーグが開幕して1カ月が経った。今季のメジャーで日米から注目を集めているのが北海道日本ハムから史上最高額の入札金でテキサス・レンジャーズに移籍したダルビッシュ有だ。
「ダルビッシュはメジャーリーグで通用するか?」
 開幕前、こんな質問をよく受けた。そのたびに、私はこう答えてきた。
「通用しない理由が見当たらない」

 MAX156キロのストレートに、多彩な変化球、大崩れしない制球力、ピンチにも動じない精神力……。海を渡る前、ダルビッシュは日本では5年連続で防御率1点台を記録していた。これは400勝投手の金田正一や神様、仏様と並び称された稲尾和久でも達成できなかった大記録である。

 昨季、埼玉西武の中村剛也は、低反発の統一球をものともせず、ひとり打ちまくった。48本塁打を放ち、何と2位の松田宣浩に23本差をつけてのホームラン王に輝いた。だが、さしもの“和製大砲”もダルビッシュの前ではヘビににらまれたカエルも同然だった。昨年のレギュラーシーズンの対戦成績は8打数0安打5三振。一矢も報いることができなかった。

 かつて、この国で「レジェンド」と呼ばれたピッチャーには必ずライバルがいた。村山実なら長嶋茂雄、江夏豊には王貞治、そして日本人メジャーリーガーの草分けである野茂英雄には清原和博がいた。しかし、ダルビッシュに限ってはライバルらしいライバルが見当たらなかった。彼の実力が抜きん出ていたため、“サシの勝負”ができるバッターがいなかったのである。
「僕はすごく勝負したい」
 移籍後の会見でダルビッシュはそう語っていた。日本では絶対的な存在になってしまった彼が、しびれるような勝負をするには、もはやメジャー移籍しか選択肢がなかった。

 ボール、マウンドにもいち早く順応

 先述したように、私はダルビッシュが「メジャーで通用しない理由は見当たらない」と答えてきたが、いくつか心配な点はあった。ひとつはボールへの対応である。周知のようにメジャーの公式球は滑りやすく、サイズも日本製よりは一回り大きい。これが原因でコントロールに苦しんでいる日本人ピッチャーは少なくない。

 加えてメジャーのマウンドは硬い。そのため踏み出した左足で踏ん張りがきかず、日本と同じ感覚で投げていては体重移動が困難になる。体重が前足に乗らなければ威力のあるボールも投げられない。ボストン・レッドソックスの松坂大輔は、このマウンドの硬さに対応するため、ステップ幅を日本時代より、小さくして投げていた。
「重心が高くなり、上半身もそれに合わせて投げるしかない。だから日本にいる時より、ひじが下がって、全体的にフォームが変わってしまいました」
 プロでの師匠にあたる元西武監督の東尾修は、そう指摘していた。

 注目のダルビッシュ初登板。現地時間9日のマリナーズ戦は、どこかおかしかった。勝ち投手にこそなったものの、5回3分の2を投げ、8安打5失点。5四死球と乱れた。要した球数は110球。抜け球や叩きつけるボールも多く、こんなに不安定なダルビッシュを見たのは久しぶりだった。

 2回目のマウンドとなった14日のツインズ戦も5回3分の2でマウンドを降りた。9安打2失点ではあったが、同じく5四死球を与え、102球も投げた。この試合、ダルビッシュはワインドアップからノーワインドアップにフォームを変えた。コントロールを重視したのだろう。そこに苦悩のあとが見てとれた。

 デビュー登板を現地で取材した工藤公康はダルビッシュの投球を次のように分析していた。
「前へ踏み出す左足の使い方がおかしかったですね。本来持っている自分のリリースポイントでボールを放すことができない。それもコントロールの定まらなかった理由のひとつだと思いました。これを改善するにはお尻の大きな筋肉で体を支えることでしょう。そうすることによってフォームも安定してくる」

 ダルビッシュが初めて“怪物”の片鱗をのぞかせたのは3試合目のタイガース戦(19日)からだ。この試合、ダルビッシュは指に縫い目をしっかりかけるフォーシームを多投し、試合途中からはランナーなしでもセットポジションに変更した。終わってみればメジャー移籍後最長となる7回途中2安打1失点。5四球ではあったが、前回までと比較すれば明らかなボール球は減っていた。

 そして黒田博樹との日本人先発対決となった24日のニューヨーク・ヤンキース戦。デレク・ジーター、アレックス・ロドリゲスらビッグネームが揃う相手打線に対し、圧巻の投球を披露した。インコースをフォーシームやツーシームで突いてアウトコースの変化球で仕留めるパターンで10三振を奪った。あわや完封とも言える内容で、8回3分の1を投げて7安打無失点に封じた。

 この試合を見る限り、ダルビッシュは早くもメジャーの公式球やマウンドの感覚をつかみ、自分のものにしつつあるように感じられた。本人も「三振を取りたい時に取れた。ゴロも多かったし、思った通りに投げられた」と手応えを口にしている。ロン・ワシントン監督も「今日のような投球を続けてくれれば、チームは特別なシーズンを過ごせそうだ」とさらなる期待を寄せた。

 今後の敵は暑さ?

 とはいえ、シーズンはこれからが勝負である。1年間、中4日でローテーションを守るのはダルビッシュにとって初めての経験だ。長距離移動も多く、慣れない環境でいかにして疲労を軽減させるかも重要ポイントだ。この先、彼にとって厄介になのはテキサス特有の気候だろう。私も取材でレンジャーズの本拠地を訪れたことがあるが、夏は暑いというよりも“熱い”と言ったほうが正しいくらいだ。昨季、16勝をあげたC・J・ウィルソンがFAでロサンゼルス・エンゼルスに移籍したのは、テキサスの気候が原因と言われている。

 チームメイトの上原浩治は昨季、東海岸のボルチモア・オリオールズからレンジャーズにやってきた。昨オフ、会った際には「夏のトレードだったので、最初は暑くてしんどかったです。ナイトゲームなのに気温が40度を超えていたこともあります。暑いからクラブハウスではクーラーがガンガンにかかっていて室内は逆に寒い。その温度差で体調を崩しました」と苦笑いしていた。

 ただし、レンジャーズは打線がいい。4月30日現在のチーム打率は.291と30球団トップだ。6回を3失点以内に抑えるクオリティスタートを続けていれば、勝ち星はどんどん増えていく。“熱い”夏を乗り切って好投を続ければ、最低でも15勝はみえてくるだろう。球団フロントにしてみれば、入札金、年俸(6年総額)合わせて約1億1170万ドルを投資しているのだから、そのくらいの成績は残して当然とみているかもしれない。

 日本人メジャーリーガーのパイオニアである野茂英雄はルーキーイヤーでいきなり13勝6敗、防御率2.54の成績を残し、最多奪三振のタイトルを獲得した。ダルビッシュの実力を持ってすれば、最多勝や最優秀防御率のタイトルだって不可能ではない。野茂は現役時代、一番獲りたいタイトルにサイ・ヤング賞をあげていた。言うまでもなく、その年の最優秀投手に贈られる勲章である。現状、日本から来たピッチャーでこの賞に最も近いのはダルビッシュだろう。彼の契約には6年目にフリーエージェントとなる条件に「サイ・ヤング賞の獲得」が入っているという。サンディ・コーファックス、ロジャー・クレメンス、グレッグ・マダックス、ランディ・ジョンソンらが並ぶ受賞者リストにダルビッシュが名を連ねられれば、これは快挙というよりも偉業である。

 イチロー、さらなる高みへの挑戦

 そのダルビッシュから初対決で3安打を放ったのがマリナーズのイチローだ。周知のように昨季、イチローはシーズン184安打に終わり、連続200安打の記録が10年で途切れた。打率も.272と、日本でレギュラーに定着して以来、初めて3割を割った。イチローと言えば俊足を生かした内野安打も持ち味だが、昨季は42本と一昨年の64本から減少した。単純計算だが、一昨年と同数の内野安打を記録していれば、11年連続200安打も可能だった。

 打率以上に深刻だったのが、出塁率の低下である。昨季は.310に終わり、これもメジャー移籍後、最低だった。規定打席に達した両リーグの打者では121位の成績(145人中)である。イチローは四球は決して多いほうではないが、メジャーリーグ史上最多となる262安打をマークした04年は.414だった。そこから1割以上も数字を落としているのだから、本人も納得していないだろう。

 今季、イチローはエリック・ウェッジ新監督の方針もあり、リードオフマンからクリーンアップの3番に移った。これは彼にとってプラスになると見ている。何より打順が変わることで気分転換になる。トップバッターであれば、安打数や出塁率が問われるが、クリーンアップに求められるのはポイントゲッターとしての安打である。200安打の呪縛からも解き放たれるのではないか。

 開幕から1カ月を終えて、イチローは24試合で30安打を放ち、打率.294。シーズン202安打ペースである。4月は例年スロースタートであることを考えれば、まずまずの滑り出しだろう。得点圏打率が1割台と低い点は気がかりだが、シーズンが進むにつれてヒットのペースが上がれば、これも解消されるはずだ。39歳を迎える今季は契約最終年。残留にしろ、移籍にしろ、結果を残すことが大前提となる。3番・イチローがどんな新しい姿をみせてくれるのか、今後も目が離せない。

 もちろん、今季のメジャーリーグの注目ポイントはダルビッシュとイチローだけにとどまらない。イチローを慕って、マリナーズに移籍し、マイナー契約からメジャー昇格を勝ち取った川崎宗則や、ミルウォーキー・ブルワーズの青木宣親は、メジャー1年目でどのくらいの成績を残すのか。安定感を買われてヤンキースに移籍した黒田は何勝できるか。トミー・ジョン手術から松坂大輔は復活できるのか。中継ぎとしてチームを支える上原や高橋尚成(エンゼルス)の働きぶりも気になる。そして、所属先が決まっていなかった松井秀喜がタンパベイ・レイズとマイナー契約を結ぶとのニュースが飛び込んできた。例年以上にスカパー!でのメジャーリーグ中継をはしごする日々が続くのは私だけではあるまい。

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 日本人選手出場試合を中心にポストシーズン全試合を含め、昨年の2倍となる400試合以上を連日、放送いたします。

【今後の放送予定カード】  (生中継、初回放送のみ。すべてJ SPORTS

・5月1日(火)
 ヤンキース × オリオールズ 8:00
 ブルージェイズ × レンジャーズ 8:00
・5月2日(水)
 ナショナルズ × ダイヤモンドバックス 8:00
 ヤンキース × オリオールズ 8:00
 パドレス × ブルワーズ 20:30
・5月3日(木)
 ヤンキース × オリオールズ 8:00
 レッドソックス × アスレチックス 8:05
 ブレーブス × フィリーズ 21:00
・5月4日(金)
 ブレーブス × フィリーズ 1:05
 ホワイトソックス × インディアンス 9:05

※すべて日本時間、表記時刻は放送開始時間
※放送カードは変更、追加になる可能性があります。

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