「亀田興毅は、(プロ)ボクシングのバンタム級世界チャンピオンなんでしょ。ということは、バンタム級では世界一強いんですよね?」
 先日、ある大学の陸上競技部の取材を終え、雑談をしていた時に、ひとりのコーチから、そんな風に聞かれた。
(写真:先月、揃って防衛を果たしたWBC世界バンタム級王者の山中(左)と、WBCスーパーフェザー級王者の粟生)
「世界チャンピオン=世界で一番強い」
 そう考えるのが普通である。
 しかし、プロボクシングの世界は、普通ではない。そのことを説明するのに少々、時間がかかった。

 亀田は現在、WBAが認定するバンタム級の世界チャンピオン。だが、ほかにもバンタム級の世界チャンピオンが存在するのである。
 WBC世界バンタム級チャンピオン=山中慎介(日本/帝拳)
 IBF世界バンタム級チャンピオン=現在、空位。前王者はアブネル・マレス(メキシコ)
 WBO世界バンタム級チャンピオン=ホルヘ・アリセ(メキシコ)

 世界チャンピオンを認定するボクシング団体は他にもあるが、主要と呼べるのはWBA(世界ボクシング協会)、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)。これだけでも同じ階級に世界チャンピオンが4人存在することになるのだ。

 つまり亀田は、複数いる世界チャンピオンのひとりであり、バンタム級で世界で一番強いわけではないのである。これはもちろん亀田に限った話ではない。世界チャンピオンのベルトを腰に巻いていても、それは世界最強の証などではなく、強いボクサーのひとりであることを誇示しているに過ぎない。

 さて、これまで日本ボクシングコミッション(JBC)は、IBFとWBOの世界タイトルを認めていなかった。「世界チャンピオンが乱立することは好ましくない」というのが、その理由だ。よって日本でライセンスを交付されているプロボクサーはWBA、WBCの世界チャンピオンを目指すことはできても、IBF、WBOとは関われなかった。

 この1日(現地時間)に、元WBAスーパーウェルター級暫定王者の石田順裕は、モスクワでWBO世界ミドル級王座に挑戦して敗れた。試合前に彼はJBCに引退届を提出している。

 しかし最近、IBF、WBOを公認しようとする動きがある。おそらく今年中に公認され、日本人ボクサーは4団体の世界チャンピオンを目指せることになるだろう。
 これは良いことだと思う。というよりも、動くのが遅すぎたとの観がある。JBCが認めようが認めなかろうが、世界の動きは変わらない。ならば「世界チャンピオンの乱立」を防ぐことなどできるはずがないからだ。

 私も世界チャンピオンを認定する団体が多く存在するのは、どうかと思う。世界チャンピオンとは、「最強のボクサー」に与えられるべき称号であり、それが何人もいては価値が低下してしまう。とはいえ、一本化を叫ぶのも現実的ではない。なぜならば利権を手放したくない各々の団体が統合を目指すはずなどないからだ。

 では、誰もが認める世界チャンピオンになるにはどうすればよいか?
 まだWBOがメジャー化していなかった1980年代後半、マイク・タイソン(米国)は、WBA、WBC、IBFと3本の世界ヘビー級チャンピオンベルトを身にまとってリングに上がっていた。彼は86年11月にトレバー・バービック(カナダ)を破ってWBC王者になると、その翌年にWBA王者(ジェームス・スミス、米国)、IBF王者(トニー・タッカー、米国)にも勝利し、統一チャンピオンになったのである。

 亀田は、いやWBC世界ミニマム級王者・井岡一翔やWBCスーパーフェザー級王者の粟生隆寛らも、実はその階級の「世界最強」ではない。クォーターチャンピオンに過ぎないというのが実情だ。真の世界チャンピオンになりたいのなら、目指すべきは防衛戦を放棄し、複数階級で歴代王者に名を連ねることではないだろう。かつてのタイソンのように、王座を統一してこそ、「世界最強」を名乗るにふさわしいのではないか。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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