日本プロ野球選手会は、日本野球機構(NPB)に対して、統一球の見直しを申し入れたそうだ(4月24日)。へーえ。導入されて1シーズンと1カ月ちょっと。志の低い話だなあ。
 これに対して、広島の鈴木清明球団本部長は「選手会から面白味がないという話が出たが、それは12球団でも話している。持ち帰る」とコメントしたそうだ。ま、こちらは、さもありなん、だな。なにしろ、巨人の渡辺恒雄球団会長が、昨秋、「プロ野球の経営者としては、統一球ってのはどうだ? コマーシャルベースで考えれば、空中戦の方が面白い。(略)フェンス間際でみんなホームランにならないでアウト。これで観客数が減ってんだよ」と発言しておられますからね(2011年9月26日)。この方に同調なさるのは、この国の球団経営者の常、なのでしょう。21世紀も、もう10年以上過ぎたというのに……。
 それはさておき、今、日本のプロ野球は、そんなに面白味がないだろうか。そんなことはない。面白いシーンはいくらでもある。今回は、広島カープの試合からいくつか。
 4月29日、東京ヤクルト−広島戦。広島先発は話題の新人・野村祐輔。絶妙のコントロールを誇る野村は6回までヤクルト打線をノーヒットノーランに封じこめ、3−0とカープがリード。
 迎えた7回表である。先頭、田中浩康を四球で出し、上田剛史を三振、ミレッジは止めたバットに当たった当たりが、ライト前ヒット。これでノーヒットノーランがなくなり、一転、1死一、三塁のピンチである。迎えるのは4番・バレンティン。言わずと知れた昨年のホームラン王である。つまり、統一球でも平気でホームランをかっ飛ばせる打者である。

 この対決を再現しよう。
 ?内角高め チェンジアップかスライダーのすっぽ抜け ストライク(これは投げた野村もバレンティンもびっくり)
 ?外角高め ストレート ボール
 ?外角低め スライダー 空振り
 ?外角低め スライダー ボール
 これでカウント2−2。決めにいったスライダーがわずかに外れた。
 ?低め チェンジアップ ボール カウント3−2
 フルカウントにして、さて、どう勝負するか。
 ?外角 スライダー ファウル
 さて、もう一度勝負。その一球とは?
 ?外角低め スライダー 
 バレンティンこれを打ってピッチャーゴロ。ダブルプレーでチェンジ!

 ここには、野村という投手の面白さが凝縮されている。????でわかるように、最後の決め球は徹頭徹尾アウトローのスライダーである。そのコントロールが見事。これを見るためにチケット代を払うのは、惜しくないでしょう。あるいはテレビ観戦に貴重な人生の時間を消費しても、損したと感じる野球ファンは少ないはずだ。つまり、「コマーシャルベースで考え」ても、ということですが……。

 ついでに、この新人投手の魅力を、この打席に至るまでの過程でも紹介しておこう。
 まず、先頭の田中を四球で出すシーンだが、面白かったのは3−2のフルカウントになった後である。5球投げたのだが、それを記しておこう(3−2後の5球である)。
 ?外角 スライダー(やや高い)ファウル
 ?外角低め スライダー ファウル
 ?内角高め シュート ファウル
 ?外角高め ストレート ファウル
 ?外角低め スライダー ボール!
 最後のスライダーは、多分ストライクである。たまたま審判の手が上がらなかっただけ。統一球で、しかもストライクゾーンが広がったため、退屈な貧打戦が増えた、という不満を言いつのる方がいらっしゃる。であれば、このボールは必ず主審の手が上がるはずである。ただ、この1球に関しては、なぜか、手を挙げさせない何かがあったのだ。

 それにしても、自分の生命線は右打者のアウトローのスライダー、これが野村のボールです、と名刺を貼ってあるような1球だった。その新人らしからぬ名刺が、主審には、しゃらくさかったのかな。
 で、続く上田の三振シーン。これは、カウント1−2からである。
 上田は左打者だ。左打者に対してどう攻めるのかと思ったら、外角低めボールゾーンから最後にグイッと曲がってストライクゾーンに入るスライダー。見逃し三振。メジャーで、バックドア というやつですね。グレッグ・マダックスか、おまえは。

 実は翌4月30日の広島−東京ヤクルト戦でも、同じように、スライダーを巡る対戦が繰り広げられた。今度は、カープの投手は前田健太。
 0−2とヤクルトにリードを許した6回表である。1死満塁と攻めたてられて、打席には畠山和洋。これ以上の失点は許されないシーンである。

 前田といえば、スライダーである。これは統一球導入以前、15勝挙げた時から変わらない。
 この試合、ヤクルト打線は、徹底してそのスライダーをターゲットにしてきた。外角のスライダーをライト前へ落としてヒットを連ねる作戦である。確かに、これが究極のマエケン攻略法かもしれない。

 さて、畠山の打席。
 チェンジアップ(ボール)、スライダー(空振り)、チェンジアップ(ボール)、ストレート(ストライク)ときて、カウント2−2。
 ここからである。マエケン、激しくサインに首を振ってから、
 ?外角低め スライダー ファウル
 ?外角低め スライダー ファウル
 ?外角低め ストレート ファウル
 再び、サインに首を振って、
 ?外角低め スライダー ファウル
 ?外角低め スライダー

 畠山、ちょこんと当てて、一塁後方、ポテンヒット。2点タイムリー。0−4となって、ほぼ勝敗は決したのでした。
 このシーン、畠山もほとんど、アウトローのスライダーしか待っていなかったはずである。前田もそれは百も承知だった。インローにチェンジアップでも投げれば三振するんじゃないかなあ、と観戦する側は思わないでもない。

 しかし、打つ方も投げる方も、現実に繰り広げたのは、お互いがムキになった外角スライダー1本勝負。ちなみに、今季、いくらストライクゾーンが広がったとはいえ、打った最後の一球は明らかに外角に外れていた。
 しかし、この9球をみていれば、そんなことはどうでもよくなる。結果はどうあれ、実に面白かった。ほーっと、腹の底から溜め息がもれるくらいに。

 選手会の発言に対して、レンジャーズのダルビッシュ有はツイッターで「自分も見直すべきだと思いますね」とコメントしたそうだ(「サンケイスポーツ」4月27日付)。「日本の野球の中で選手が正当に評価されない」というのがその理由だという。
 彼の真意ははっきりわからないが、例えば、打者の年俸が不当に低くなりやすいということかもしれないし、逆に、投手は実力以上に評価を得やすくなる、という側面もあるかもしれない。

 確かに、ここには検討すべき問題はありそうだ。
 ただ、だから飛ぶボールに戻しましょう、と議論を短絡させるべきではないだろう。そうしなくても、例えば、打者が残した数字に対して、単純に絶対評価をするのではなく、打者全体の中での相対評価をする、という方法もある(通信簿で、60点なら自動的に3というんじゃなくて、ほかの子が50点以下ばかりなら5をつける、というような話ですね)。
 あるいは、メジャー移籍を希望する野手の評価が低くなる、ということもあるかもしれない(今年の中島裕之や青木宣親のように)。ただ、これは、統一球の問題というより、統一球以前にメジャーに移籍した日本人野手の成績の積み重ねの結果である。
 
 ここで、これまで2度行なわれたWBCを思い出してほしい。日本は2度とも優勝した。それは、おっしゃるとおり。
 だけど、キューバ戦や韓国戦、あるいはアメリカ戦はどうでしたか。
 相手は、一つ間違えばホームランという脅威を、常に有する打線である。日本は、足や守備を含めた技術で対抗したわけだけれども、比較すれば、打者の長打力が劣っていたのは、事実である。

 日本野球の未来のために、ここに改善すべき大きな課題があるのは明らかなのだ。
 統一球くらい、2〜3年あれば克服できる。そう考えるのが、プロの打者の志というものではないだろうか。
 要は技術の問題である。例えば、北海道日本ハムの稲葉篤紀は、決してパワーヒッターではないけれど、既に今季は4月だけで4本ホームランを打っているではないか。それにひきかえ、例えば同じ日本ハムの中田翔は、稲葉より数段パワーで勝るはずだけれども、2本しか打てていない。

 開幕前にメジャーと親善試合を行なった巨人、阪神の選手からは「統一球はメジャーのボールより飛ばない」とする説も出たという。これについては、再びダルビッシュのコメントが説得力がある。
「『統一球よりもメジャーの球の方が飛ぶ』みたいな意見は違うと思う。確実に統一球の方が飛びます」(同)とのことである。
 私は、決してメジャー至上主義ではない。日本野球は実に魅力的である。
 ただ、メジャーリーグでは、「統一球より飛ばないボール」を使って、それでも一つ間違えば即ホームラン、というレベルの多くの打者が、連日しのぎを削って試合をしているのも事実である。少なくとも、その魅力は日本野球に欠けている。

 例えば、冒頭で紹介した渡辺恒雄さんは、ホームラン性の打球がフェンス手前で失速するのが、ファンの興味をそぐという主旨の発言をされた。「統一球=飛ばない」と考えると、容易に想定できることだし、確かにそれは起こりうることである。
 だけど、今季、貧打戦と揶揄される試合をよく見てみるといい。目立つのは、実は大きなフライの失速ではない。むしろ、当たりそこねのゴロである。問われているのは、単なるパワーの問題ではない。打球を上げて飛ばす打者の技術である。

 我々は、今さら「上げ底のホームラン競争」みたいな試合は見たくない。基本的に投手中心の野球文化を育んできた日本野球が(それは高校野球をはじめとするこの国の野球システムに由来する)、これからどのように、長打力を養成していくのか。これが日本野球をさらに魅力的なものにするための最大の課題だし、我々は、その過程をこそ見届けたいのである。統一球は、その必要条件だと断じていい。
 昔、まるで飛ばないボールの時代にも、この国には中西太のような打者が出現した。重要なのは、中西のような打者を、突然変異的にではなく、この国の野球文化として、いかに定着させるかである。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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