西本恵「カープの考古学」第92回<浮沈を占う3年目のシーズン編その3/連敗につぐ連敗——苦難のペナント中にスポーツ界の歓喜>
カープの創設から3年目のシーズンとなる昭和27年は、日本にとってさまざまな転機となった1年であった。連合国軍総司令部GHQによる、アメリカの占領支配は4月で終え独立した国家としての歩みが始まった。しかしながら、大戦の名残りは、まだそこかしこにあった。
独立国家としての戦後処理
連合国軍総司令部GHQ、司令長官であったマシュー・リッジウェイ大将は、占領下を終えたことに伴ってお役御免となり、本国アメリカに戻らねばならなかった。その頃のカープは戦力で他球団に劣りながらも必死に戦っていた。そのペナント最中の5月12日にリッジウェイ大将は羽田空港に向かったのである。
この日、羽田空港ではリッジウェイ大将愛用のコンステレーション機を囲むようにお別れの式典は準備された。米軍からロバート・ダニエル・マーフィー米大使、マーク・クラーク新任司令官が出席すると、日本側からは天皇陛下御名代・松平式部官長、吉田茂首相、岡崎勝男外務大臣をはじめ、官民多数が駆け付けた。式典でリッジウェイはこう述べた。
<「自由諸国の軍人ばかりでなく、すべての人々の目的は同一であることを自分はとくに感じる。また、自分は諸国家が協力する集団的力の強さに信頼をおいている」>(「中国新聞」昭和27年5月13日)
マッカーサーの後任として着任したリッジウェイであるが、前任者のプレッシャーを感じつつも、日本の民主化を望みながら、1年1カ月の任務を全うした。滑走路では、「蛍の光」の演奏が流され、参加者が口ずさみながら別れを惜しんだ。コンステレーション機が飛び立つまで見送りの声援は続いたとされる。
帰国後のリッジウェイ大将の任務であるが、<アイゼンハワー元帥の後任として、北大西洋軍最高司令官就任のため>(同前)とされる。
世界大戦の後始末は東アジア、日本だけの問題ではなかった。北大西洋軍への最高司令官として任務にあたるリッジウェイであるが、不安定な状況下にあったヨーロッパ情勢においても、彼の存在が必要とされた。この時期、世界の冷戦構造が明確になる中、ソ連からドイツの非武装中立を狙った東西ドイツ統一への提言「スターリン・ノート」が出されるなど世界のざわつきが収まらなかったのだ。また、大戦後の眠る遺産といえる軍艦の引き揚げを試みる動きがニュースとなり目をひいた。
戦艦「大和」の引き揚げである――。
鹿児島南方十島村付近に沈んだとされる戦艦大和に対し、引き揚げ申請を出したのは広島県の会社であった。
<広島県安芸郡府中町東興貿易社長池田正一氏によって行われ話題を集めた>(「中国新聞」昭和27年5月25日)。現地調査の結果、<「大和」引揚げは不可能>(同前)と判断された。<世界最高を誇る日本のサルベージ技術でも引揚げは不可能視されている>(同前)と報道されたが、造船の町・呉市で生まれた大和とあって、広島県の会社の試みであるのも頷ける。こうした沈んだ軍艦を再び浮かび上がらせるのは至難の技だったろうが、日本独立直後には、かの46センチ砲をもつ巨大な戦艦大和を畏怖する気持ちは消えてはいなかった。
初の世界チャンプに沸きあがる
こうした独立直後の日本スポーツ界において、この時期、日本人を沸き上がらせるニュースがあった。5月19日、東京、後楽園球場内に設けられた特設リングで白井義雄対ダド・マリノの世界フライ級タイトルマッチが行われた。独立からわずか20日あまりで実現した夢のタイトルマッチだった。
序盤、慎重な立ち上がりを見せた2人だが、時折、マリノからの鋭いジャブに、白井はストレートで応戦した。互いににらみ合いながら、手の内を窺い合った。
3ラウンドを過ぎる頃から手数が増え、いずれもクリンチで逃れる場面が増えた。白井が左ジャブから右フックに展開すると、マリノが左フックで懐に飛び込む。クリンチしながらフックで乱打。それがマリノの顎を捉えるシーンもあった。序盤はほぼ互角で終えた。
8ラウンドを過ぎる頃から、白井の優勢が見えてきた。マリノとの距離感をうまくとり、軽やかなフットワークで攻撃をかわした。フックがマリノの顎を捉えるシーンが幾度か見られ、白井の攻勢が目立った。
身長で勝る白井は、マリノが真っ向から打ち込んでくるのをうまくかわし、フックやジャブにより近距離で打ち合った。誰しもの目にも白井の勝利が予想できた。
終了のゴングと共に白井側のセコンドが、白井を抱きかかえて勝利を確信したかのように会場にアピールした。
判定は3対0で白井――。
アナウンスされると会場からの歓声が上がり、どよめきが広がった。この白井の日本人初の世界王座奪取は、日本人の心に新たな勇気と、世界と戦えるという志を生んだ。
こうした国内のスポーツの盛り上がりとは一線を画するように、この年のカープは、セントラルリーグ連盟のお達しである“3割規定”に幾度となく押し潰されそうになった。まさに浮沈をかけて戦っていた。
前回の考古学で伝えた9連敗の危機はあったものの、6月8日の大洋ホエールズ戦は笠松実の好投と、大澤清の好打もありサヨナラ勝ちを収めた。これで乗っていけると思われたが、カープを次なる試練が襲った。
前年下位相手に連敗
この2日後の6月10日は場所を福山に変えての国鉄スワローズ戦。しかし、カープはのっけからつまずく。
1回表、国鉄打線が先発の野崎泰一に襲い掛かる。藤田宗一、杉浦清、佐藤孝夫がそれぞれツーランホームラン。さらにスリーランホームランも飛び出て、一挙9点を奪われた。この回だけで4失策で出塁を許し、長打を浴びるという、最悪の流れとなってしまった。初回に9点を献上したことから、勝敗はすでにあったりで結果1対10と大敗した。
6月12日の国鉄戦は、広島総合球場に戻って多くのファンに囲まれての試合となった。しかし悪い流れは続くもので、初回に1点を取り合った後、先発の大田垣喜夫は2回に2点を失う。3回からエース長谷川良平にスイッチして、打線の援護を待った。5回裏には長谷川自らが、三塁打を放って好機をつくると、ここで国鉄ベンチは、マウンドに金田正一を送るという勝負に出て、後続を断たれた。
その後、幾度かチャンスがありながらもここ一番で、得点できないまま、9回裏ツーアウトで迎えるバッターは長谷川であった。
長谷川がヒットを放つと、連打で続いて1点を返した。続く2番の武智修が、フォアボールで出塁、ツーアウト満塁とした。俄然盛り上がる広島総合球場。しかし、国鉄は金田が最後の力を振り絞り、3番の岩本章を三振に切って取って、ゲームセット。
粘り負けのカープは連敗の道を進むしかなかった。
これではいかんと、場所を下関に変えての大洋戦ダブルヘッダーに臨む。初戦は先発にベテランの笠松をマウンドに送った。笠松は前回の、あわよくば9連敗か――の危機を救った男であり、シーズン初の大洋から勝ち星をあげた投手である。
選手寿命が短かった当時の36歳という年齢だが、この日は前回の大洋戦に続いて好投した。とりわけカーブがよく決まり、ストレートもつられるかのように伸びがあった。
<かなりのスピードでコーナーを突き急所に鋭くはないが大きく曲がるカーブで凡打に打取る巧い投球を示した>(「中国新聞」昭和27年6月16日)
老巧といわれる技術に加え、調子の良さもあって、8回まで要所を締めるピッチングで無失点に抑えた。
一方の大洋は大ベテランといえる有村家済。笠松より年上だが、カープ打線を4安打に抑えた。こうなると、9回裏の大洋の攻撃に期待がかかる。4番の岩本義行がヒットで出塁すると、大洋側ベンチが活気づいた。続く、安居玉一は抑えられたものの、荒川昇治のヒットでランナーが生還し、サヨナラでゲームセット——。
カープは前回からの笠松の好投も実らず、ついに3連敗となった。勝てない焦りで、この日のダブルヘッダー第2戦に入るまで嫌なムードが覆っていた。
カープ3年目の浮沈をかけた戦いが続く中8連敗の後の1勝から、再び連敗街道をひた走り、3連敗を喫する。しかも、この3連敗は前年の5位の国鉄、6位の大洋に勝てないのだから、よけい苦しいペナントとなる。
3年目のシーズンには、給料の遅配や欠配も解消されて、合宿所の食事もそこそこ満たされてきたにもかかわらず連敗だ。一難去ってもまた、一難。環境が整い満たされてきたにもかかわらず、勝てないという、違った苦境に陥るのである。
さて、ダブルヘッダー第2戦の結果はいかに——。次回のカープの飛躍にご期待あれ。
【参考文献】「中国新聞」(昭和27年5月13日、20日、25日、6月11日、13日、16日)
【参考映像】https://www.youtube.com/watch?v=-lTPBDeyvEw[2025年11月16日現在]
<西本恵(にしもと・めぐむ)プロフィール>スポーツ・ノンフィクション・ライター
1968年5月28日、山口県玖珂郡周東町(現・岩国市)生まれ。小学5年で「江夏の21球」に魅せられ、以後、野球に興味を抱く。広島修道大学卒業後、サラリーマン生活6年。その後、地域コミュニティー誌編集に携わり、地元経済誌編集社で編集デスクを経験。35歳でフリーライターとして独立。雑誌、経済誌、フリーペーパーなどで野球関連、カープ関連の記事を執筆中。著書「広島カープ昔話・裏話-じゃけえカープが好きなんよ」(2008年・トーク出版刊)は、「広島カープ物語」(トーク出版刊)で漫画化。2014年、被爆70年スペシャルNHKドラマ「鯉昇れ、焦土の空へ」に制作協力。現在はテレビ、ラジオ、映画などのカープ史の企画制作において放送原稿や脚本の校閲などを担当する。2018年11月、「日本野球をつくった男--石本秀一伝」(講談社)を上梓。2021年4月、広島大学大学院、人間社会科学研究科、人文社会科学専攻で「カープ創設とアメリカのかかわり~異文化の観点から~」を研究。
(このコーナーのスポーツ・ノンフィクション・ライター西本恵さん回は、第3週木曜更新)