今や国民的人気となった「なでしこジャパン」に続け、とばかりに世界の舞台での活躍を目指す女子ホッケー日本代表「さくらジャパン」。最後の1枚となったロンドン五輪の切符をかけて行なわれた世界最終予選で見事、3大会連続出場を決めた。今回は初めて五輪出場を果たしたアテネ大会以来、「さくらジャパン」を指揮した安田善治郎ヘッドコーチ(HC)にインタビューを敢行。最終予選の勝因、ロンドン五輪に向けての意気込みを訊いた。
(写真:3大会連続出場を決めた「さくらジャパン」)
 “鉄人”加藤の存在

「勝たないといけないというプレッシャーから、眠れない日々でしたよ」
 指揮官からの意外な言葉だった。4月25日から12日間に渡って行なわれたロンドン五輪世界最終予選。女子の出場国はアゼルバイジャン(世界ランキング15位)、チリ(同17位)、ベラルーシ(同22位)、マレーシア(同23位)、オーストリア(同29位)、そして日本(同9位)の6カ国。当然、世界ランキングから見ても、「日本の3大会連続出場は間違いなし」と考えられていた。その責任感が安田HCに重くのしかかっていたのだ。

 指揮官が最も不安視していたのは、同じようなプレッシャーが選手にもふりかかっているのではないかということだった。しかし、その不安は杞憂に終わった。
「確かに新人の中には最初、日頃のプレーができない選手もいましたが、チーム全体の動きは悪くはありませんでした。これには、やはりベテラン選手6人の存在が大きかったと思います」

(写真:1対1の場面でもベテランらしい巧みな技を見せる加藤)
 その「ベテラン6人」の中でもチーム最年長、41歳のDF加藤明美は“鉄人”と呼ばれる大ベテランだ。アテネ、北京と2大会連続で五輪に出場し、代表キャップ数はチーム最多の381にものぼる。だが、その加藤も順風満帆にここまできたわけではない。実は、2010年広州アジア大会後、代表から外されたのだ。復帰したのは昨年12月の代表合宿だった。

「10年のアジア大会も、その前の大会も、加藤の動きが悪かったんです。その時点で、ロンドンの予選まで残り2年。2年後の加藤に対して不安の声も挙がっていました。そこで思い切って若手育成に方針転換したんです。ところが、加藤に代わる人材がなかなか出てこなかった。一方、人づてに加藤が代表から外された後も、クラブや大学で諦めずに練習していて、やる気は十分という話を聞いていましたので、昨年、加藤に『代表でやるからには走れなければダメだぞ。どうだ、いけるか?』と声をかけたんです。そしたら「いけます」と。それで加藤を復帰させたんです」
 果たして、加藤は指揮官の期待にきっちりと応えてみせた。全6試合で先発出場し、豊富な経験から基づく的確な判断力と巧みなプレーでチームに大きく貢献した。

 勢いを取り戻したドロー

 最終予選では予選リーグを4勝1分けでトップ通過し、決勝ではアゼルバイジャンを4−1で下したさくらジャパン。最大のポイントとなったのは、唯一、勝ち星を挙げることができなかったチリ戦だった。実は、この試合は安田HCの読みが的中していたのだ。
「どの大会でも全試合をベストコンディションで臨むことはできないんです。必ずどこかでリズムが狂う試合がある。それがだいたい真ん中の試合。ですから、最終予選では3試合目あたりにくるだろうなと考えていたんです」

 案の定、3試合目となったチリ戦、チーム全体の動きが鈍く、なかなかうまく試合を運ぶことができずに得点することができなかった。結果は0−0のドロー。しかし、うまくチームが機能しないながらも、敗戦ではなく、踏ん張って引き分けで終えたことはチームにとって大きかった。この試合でさらに一体感を強めたさくらジャパンは、4試合目以降への勢いにつなげたのだ。
(写真:09年以降、チーム最多の36得点をマークしている駒澤)

 順当に予選をトップ通過した日本は、決勝に進出。相手はアゼルバイジャン。個人技でゴールを狙うチームに対し、日本の勝機は「動き負けしないこと」と「早めの先取点」にあった。すると、前半8分、ペナルティーコーナーからパスをつなぎ、MF駒澤李佳がタッチシュートで先制ゴール。この時点で指揮官は日本の勝利を確信したという。
「お互いに疲労感はあったでしょうから、この試合の先取点はとても重要でした。日本の方が実力は上でしたから、早めに先取点を奪えば、後手に回った相手は意気消沈するだろうと。逆に相手に先取点を奪われれば、日本に焦りが生じ、いつもはできるプレーができなくなってしまう。ですから、あの時間帯での先取点は非常に大きかったんです」

 最大の武器は全員プレー

 最終予選では優位に試合を進め、実力通りの結果を出したさくらジャパンだが、真の勝負は1カ月後だ。日本と同じAプールにはオランダ(世界ランキング1位)、英国(同4位)、中国(同5位)、韓国(同8位)、ベルギー(同16位)といずれも強豪がズラリと並ぶ。また、Bプールにはアルゼンチン(同2位)、ドイツ(同3位)ニュージーランド(同6位)、豪州(同7位)、米国(同10位)、南アフリカ(同12位)が顔を揃える。そんな中、さくらジャパンはどんな戦いをするのか。

「確かに海外のチームと比べると、体格やパワーではかないません。しかし、世界と比べても、日本人選手は器用ですから、技術や戦術には長けているんです。ですから、それを試合の中で機能させるには、やはり走らなければいけない。なぜなら、疲労感でいっぱいの時には、体の動きはもちろん、頭も回転しません。ですから、世界で勝つには70分間、全員が走り切れるスタミナをつけること。そして日本の強みである技術や戦術を発揮することが不可欠です」

 安田HCは戦術の一つに「集合離散」を挙げた。まず、相手の攻撃に対して自由を奪うために激しくプレスをかける。ボールを持っている選手に対し、2人、3人とプレッシャーをかけにいき、果敢にボールを奪いに行く。そして、ボールを奪った途端に、全員がフィールドいっぱいに散らばり、相手ディフェンスの穴を狙って攻めていく。これが「集合離散」だ。だが、これには体力が不可欠である。
「一つのボールをみんなで取りに行き、そしてみんなでゴールを奪いに行く。こうした組織プレーには体力が必要なんです。世界で戦うにはフィールド内の10人全員が70分間、走り続けることができるかにかかっています」

 ロンドン五輪は7月27日に開幕。さくらジャパンの戦いは29日の英国戦からスタートする。五輪での過去2大会での成績はアテネ8位、北京10位。今回はそれらを上回る6位を目標に掲げるが、「やるからにはメダルを目指したい」という選手も少なくない。果たしてロンドンの地で、季節外れのさくらは花開くのか。サッカーにも勝るとも劣らないスピードと激しさをもつホッケーの魅力を日本国民に味わわせてほしい。

(文・写真/斎藤寿子)
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