メジャーリーグでは今季も予想外の快進撃を続けるチームがいくつか現れているが、中でも最大級のサプライズを起こしているのがニューヨーク・メッツである。
 オーナーシップが詐欺事件に巻き込まれたこともあり、今季のメッツは昨季と比べて年俸総額を3000万ドル近くも削減(昨季=約1億2000万ドル、今年の開幕時=約9300万ドル)した。戦力補強はほとんどなされず、しかも看板スターのホゼ・レイエス(現マーリンズ)をFAで失ったこともあり、開幕前はレベルの高いナショナル・リーグ東地区で最下位に終わるだろうとの予想が圧倒的だった。
(写真:レイエスの移籍が決まったときには、ファンは大いに落胆したのだが……)
 しかし、蓋を開けてみれば順調なペースで勝ち星を重ね、前半戦の81試合を終えたところで44勝37敗。7月5日の時点でもワイルドカード争いでジャイアンツと並んでタイと、プレーオフ進出に手が届く好位置に付けている。

「僕たちが良いチームだと、もう分かっているよ。周囲に何を言われても、春季キャンプの時点から自分たちがやれると感じていた。そして実際に勝利を重ねるごとにさらに自信が増してきているのも実感できる」
 チームリーダーのデビッド・ライトはそう語る。メッツはもともと期待値の低いシーズンの方が良いプレ—をする傾向があるチームだが、もしも今季、まさかのポストシーズン進出を果たすようなことがあれば、ニューヨークのベースボール史上に残るミラクルとして歴史に刻まれるだろう。

「やはり安定した先発投手陣がチームを支えているのが大きいと思う。R.A.ディッキー、ヨハン・サンタナの両エースがマウンドに立つ日は、チームもファンも勝利を予期してスタジアムに来ることができる。そして生え抜きの若手選手が多いおかげで、チーム内に良好なケミストリーが生まれているのも好材料だね」
「ニューヨーク・タイムズ」紙のアンドリュー・ケイ記者はそう指摘する。

 2010年9月に左肩に手術を受け、昨季は1試合も登板できなかった左腕サンタナは、今季開幕からローテーションに復帰。これまで2点台の防御率を保ち、しかも6月1日にはなんとフランチャイズ史上初のノーヒット・ノーランを達成して地元ファンを歓喜させた。
(写真:サンタナの劇的なノーヒッターはメッツファンを夢見心地にさせた)

 ナックルボーラーのディッキーも右のエースとして確立し、特に6月は6戦を登板して防御率0.93と完璧。7月5日まで12勝1敗と驚異的な成績を残し、37歳にしてオールスターにも初選出された。この数カ月で一躍、全国区のスターピッチャーになったディッキーは、躍進メッツのシンボル的な存在と言ってよい。

 この両エースに引っ張られる形で、左腕ジョナサン・ニースもここ8試合で5勝1敗、防御率2.17と好調。さらにクリス・ヤング、ディロン・ジーといった4、5番手もまずまずの投球を続け、6月15日〜7月5日まで先発5人あわせて防御率2.86と安定感を発揮している。

 野手に目を移すと、デビッド・ライトが前半戦MVPの有力候補となるほどの大活躍(打率.354、11本塁打、59打点)。その周囲をルーベン・テハダ、ルーカス・デューダ、ダニエル・マーフィ、カーク・ニューエンハイズ、ジョシュ・トーリといった生え抜き野手が囲み、地味ながらも粘り強い打線を形成している。
(写真:自己最高のペースで打ち続けるライトは今季のナ・リーグMVP候補だ)

 この“無名”ラインナップは本塁打数でメジャー25位、長打率で20位ながら、得点数では7位。特に2死からの178得点はナ・リーグ1位と、驚くほどの勝負強さを誇示し続けている。
 先述のケイ記者は、今季のチームが誇るいわゆる“インタンジブル(目に見えない強さ)”を強調していた。確かにメッツのゲームを観ていると、まるで学生チームのようなケミストリーが生じ、抜群の勝負強さ、粘り強さに繋がっているような印象を受けるのは事実である。
 
「故障者の多さ、勝てるはずなのに落としたゲームの多さなどを考慮すれば、現在の位置にいることを喜ばなければいけない。しかし、まだ81試合も残っている。もしも後半戦に最初の81戦以上に良いプレーができれば、シーズン終了時にどのあたりにいるかが楽しみになってくるのだろうね」
 今後について、テリー・コリンズ監督はそう語る。熱血漢で知られるコリンズの指導法は若手が多いロースターに最高のハマり具合をみせているだけに、指揮官が自信を深めるのも理解できるところだ。

 もっとも、前半戦はややできすぎの感もあっただけに、このペースをこのまま保てるかを疑う声は依然として聞こえてくる。ブルペンはリーグ最弱クラスなこと、打線は左打者偏重なこと、控えの層が薄いことなど目に見える弱点は多い。

 サンタナ、ディッキー、ライトといった主力からケガ人が出るようなことがあれば、致命傷になりかねないだろう。ブレーブス、マーリンズ、フィリーズといったタレント豊富な地区内のライバルたちが調子を上げてくると、経験の足りない選手が多いメッツは一気に苦しくなるかもしれない。
(写真:サイ・ヤング賞候補として躍り出たディッキーの自伝はベストセラーになった)

 ただ……そういった懐疑的な見方も残っている一方で、ここまでドラマチックな快進撃を目の当たりにして、チームへの評価を改めるものも少しずつ増えてきている。
「1カ月くらい前までは、正直、この好調は長続きしないだろうと考えていた。しかし、ここに来て少しずつ考えが変わり始めている。必要不可欠な主力選手たちがコンディションを保てれば、もしかしたら面白くなるかもしれない」
 ケイ記者の言葉は、現在のメッツの周囲にいるほぼすべての関係者、ファンの想いを代弁していると言ってよい。現実的にプレーオフ争いに残り続けるのは容易ではない。しかし、もうしばらく勢いを保ち、さまざまなことがうまくいけば、もしかしたら……。

 まったく無印だったチームが、ケガから立ち直った元最強左腕、遅咲きのナックルボーラー、そしてスター不在の生え抜きラインナップの力で勝ち上がれば、それはまるで映画のような痛快なストーリーになる。

 長く続いた低迷期脱出の足がかりをやっと掴み、ニューヨーカーが声を枯らして応援したくなるチームが戻ってきた。今夏から秋にかけて、かつて「Amazin’s(驚異のチーム)」と呼ばれたメッツは完全復活を遂げるのだろうか。
 待たされ続けたファンは、再び転落しても落胆し過ぎないように、心のどこかでそのときのための準備をしている。しかし、その一方で、再び歓喜できる日が間もなくやってくるのではないかと、ほのかな期待も抱き始めているのだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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