志田&五十嵐の五輪メダリストペア、結成4カ月で日本一 〜全日本総合バドミントン選手権大会〜
30日、第79回全日本総合バドミントン選手権大会最終日が東京・京王アリーナTOKYOで行われた。女子ダブルス決勝は志田千陽(再春館製薬所)&五十嵐有紗(BIPROGY)組が、櫻本絢子(ヨネックス)&廣田彩花(岐阜Bluvic)組を下し、結成4カ月で初優勝(志田は松山奈未とのペアで昨年優勝。五十嵐は渡辺勇大とのペアで混合ダブルス4度優勝、女子ダブルスは初)。女子シングルス決勝は、山口茜(再春館製薬所)が前回優勝の宮崎友花(ACT SAIKYO)を2対1で破り、5度目の日本一。男子シングルスは奈良岡功大(NTT東日本)、混合ダブルスは渡辺勇大(J-POWER)&田口真彩(ACT SAIKYO)組が初優勝(同ペアとして)。男子ダブルスは山下恭平&緑川大輝組(NTT東日本)が2連覇した。
女子ダブルスは、9月にペアを組んだばかりの志田と五十嵐が日本一に輝いた。志田は松山(再春館製薬所)と組んでパリオリンピック女子ダブルス銅メダルを獲得。五十嵐は渡辺との混合ダブルスで東京、パリと2大会連続表彰台(いずれも銅)に上がっている。29歳の五十嵐が志田を「ちい」と呼び、28歳の志田は五十嵐を「有紗」と呼ぶ。「ちいがパートナーじゃなきゃ優勝できなかった」「有紗がずっと声をかけてくれて、プレーでも引かずにやってくれた」と称え合った。
対戦相手は昨年五十嵐と組んで準優勝した櫻本と、福島由紀(岐阜Bluvic)と組んで世界ランキング1位になったこともある廣田のペアだ。第1ゲームは志田&五十嵐組が優位に運び、18-13とリードした。しかし「自分たちからリズムを崩してしまった」(志田)と、櫻本&廣田組に4連続得点を許し、流れを変えられた。志田&五十嵐組はこのゲーム20-22で落としてしまった。
第2ゲームは序盤から点の取り合い。両ペアとも所属が異なり、一緒に練習する時間は限られているが、志田&五十嵐は、それを感じさせない好連係を見せた。10-9の場面では志田が崩して五十嵐が決める。直後には五十嵐サーブを相手が甘いシャトルを返すと志田の強打で仕留めた。志田&五十嵐組が21-18と競り勝ち、ゲームカウント1対1で並んだ。
ファイナルゲームまでもつれた試合、志田&五十嵐組が14-16と2点を追う展開で事件が起こった。志田のクロススマッシュが決まり、15-16の1点差に迫った。ここで櫻本&廣田組からチャレンジ(ビデオ判定)が申請された。結果は「IN」のまま、判定は覆らなかった。ところが、このチャレンジの失敗により、さらに志田&五十嵐組に1点追加されたのだ。
主審をはじめ周囲が間違いに気づかぬまま16-16で試合は進行。志田も五十嵐も「気付かなかった」と口を揃えた。結局、志田&五十嵐がこのゲームを21-16で取り、優勝を決めた。
試合後、日本バドミントン協会事業本部の朝倉康善本部長が報道陣に対応した。主審が本来、チャレンジ後に得点を14-16に戻すべきところを失念していたという。「競技規則に」の第17条<審判院の責務と処置すべき訴え>の第6項(2)によれば、<次のサービスがなされる前に出された疑問点に関する訴えについて決定をする>と記されており、「試合は成立」となった。
試合中、スタンドやコーチングボックスからは疑義の声は上がらなかった。記者席で見ていた私は、得点経過をノートにメモしていたが、電光掲示板のスコアが同点となっていたため、自分の記入漏れを疑った。それほど、まさかの出来事だった。日本協会マーケティング本部の出井宏明本部長は「競技規則に則り、試合は成立しましたが、当時者である選手たちにとって非常に不幸で残念であることは間違いない。再発防止をどのようにしていくか、審判の方にどう指導していくかを整理している」と話した。
混合ダブルスは、五十嵐の“元相方”渡辺が20歳の田口とのペアで制した。決勝の相手は、志田の“元相方”松山が今大会から新たに結成した緑川とのペアだった。
第1ゲームは「緊張して足が(思うように)動いていなかった」と田口。全日本総合で初の決勝となった20歳に対し、昨年女子ダブルスと男子ダブルスで、それぞれ優勝を経験している松山と緑川に押し込まれた。このゲームは15-21で先取された。
「1ゲーム目、すごく緊張したのですが、勇大さんが頑張ってくれたので、“私も頑張らなきゃ”という気持ちでした」と田口。一方の渡辺は冷静だった。
「特に(戦術は)変えていないですが、2ゲーム目の前半からサービスがうまくいったのと、相手が球(シャトル)を入れに来ている状況を理解したので、畳み掛けた」
ギアを上げた渡辺がダイナミックなプレーと繊細なラケットワークで会場を沸かせた。田口も奮闘し、21-9と圧倒した。ファイナルゲームも渡辺&田口組の優勢のまま21-11で取り、2対1で制した。松山は「今日は何もできなかった」と完敗を認めた。
昨年9月にペアを結成したが、田口の左ヒザの故障で実戦から離れていた。「戻ってきました!」と渡辺。「皆さんの声援のおかげで決勝の舞台に戻ってこられて優勝できた。今日は田口もよくやってくれたと思います」
ペアとしての初の日本一。「2026年は世界ランキングを上げていき、世界で早く勝てるペアになろうと1日1日を過ごしていきたい」と渡辺。田口は「来年は海外の大会でしっかり勝ち続けられるよう頑張っていきたい」と飛躍を誓った。
(文・写真/杉浦泰介)