ヨーロッパで人々を熱狂させるサッカー。この夏も欧州選手権(EURO)で皆が盛り上がった。もちろんオリンピックも盛り上がるが、4年に1度の祭典ならワールドカップの方が、人々を熱狂させるのも事実である。どこまで行ってもヨーロッパにおいては、やはり「サッカー」なのである。そんなヨーロッパにおいても、毎年開催されるスポーツイベントとして、もっとも盛り上がるのは「ツール・ド・フランス」である。3週間もの間、フランスを中心に総距離約4000?を連日走り続けるサイクルロードレースだ。かけている予算も、集まる観客も、他のスポーツイベントと比較すると群を抜いて多く、バカンスシーズンに入ったヨーロッパ中の注目を集める。またヨーロッパだけでなく、約190カ国、100チャンネルを超える放送局で放映されているというから驚きだ。
(写真:毎日、熱いレースが繰り広げられている)
 日本では社会的なポジションや認知度の高さがヨーロッパとは大きく異なるこのスポーツ。実力差も大きく日本人選手は苦戦してきた。しかし、2009年に別府史之が出場し、最終日に敢闘賞を獲得する活躍をみせた頃から一気に状況は変わってきた。新城幸也は09年に初出場ながら第2ステージ5位という素晴らしい成績を残し、今年も第4ステージでレースを作り続けて日本人として2人目の敢闘賞を獲得。別府の時には最終日だったために敢闘賞の表彰がなかったが、新城は日本人として初のツール表彰台に上がったのだ。

 私も長年、レース中継に関わっている立場上、日本人が表彰台に上がることに驚きと喜びを隠せなかった。口先では「ステージ優勝を!」なんて軽く言っていたものの、まだ感覚としては、自分たちがよく知る日本人選手がそこで走っているというだけで感心している始末。1990年代から2000年代初めに世界の舞台で日本人選手が苦戦してきたのを嫌というほど見てきている印象が強いせいかもしれない。しかし、今年、表彰台に新城が立っているのを見た時は、この事実を整理するのにちょっと時間がかかった。
(写真:表彰台に上る新城。歴史的な瞬間だ)

 考えると、近年の日本人選手たちは数年前とは全くレベルが変わってきている。ほんの5年前は、グランツールと言われる、世界三大レース(イタリア・フランス・スペインの一周レース)に出場できることを喜び、完走しただけでお祝いムードだった。ところが、09年を境に、レースで何をするかが注目され、完走する、しないなんて誰も話題にすらしなくなった。これは新城や別府だけでなく、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャ(スペイン一周)に出場した土井雪広に対する感情も、本人の走りも同様。この短い期間に選手はもちろん、メディアやファンも劇的に変わっていることを認めざるを得ない。だからこそ、古くからのファンは不思議な感情に包まれるのだが……。

 今年、新城が逃げていた第4ステージの直後に、電話でインタビューをしたことがあった。レース後半、他の選手のアタックを受けて、遅れそうになっていたシーンがあったので聞いてみると、「いやぁ、そんなんじゃ遅れるはずないですよ」と軽く答え、その翌週にはそれ以上の走りを見せた。そんな彼を見ていると嬉しさ以上になんだかものすごく遠い世界で活躍しているスーパーマンのようにも感じる。映画を見ているような、少し現実ではないような、そんな錯覚すら覚えてしまう。また、彼は私たちが思っている以上に対等に走れるという実感があるのだ。「日本の選手はこんなことができるんだ。そんな時代になったんだ」と、毎夜、ワクワクしながらJSPORTSの中継を見る日々が続いている。
(写真:レースを引っ張る新城。今年はこんなシーンが目立つ)

 今年、99回目を迎えるツール・ド・フランスもあと4日。22日のパリ・シャンゼリゼでゴールを迎える。優勝争いももちろんだが、新城にもう少し夢を見させてもらおう、と今夜もTVの前に向かうのである。

(写真:(c)Yuzuru SUNADA @J SPORTS)

J SPORTSではツール・ド・フランス全21ステージを生中継中![/b]

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ
◎バックナンバーはこちらから