なでしこらしからぬ、というか、はっきり言えば相当に退屈な試合だったが、彼女たちが置かれた状況を考えれば納得もできる。グループ1位になってしまえば8時間の移動と強敵との対決。2位であれば移動はなく、相手は数カ月前に圧勝したブラジル。こんな状況ではスペクタルなサッカーを期待する方が無理というものだろう。
 メキシコ五輪で3位になった男子サッカーも、1次リーグ最終戦では試合途中に「勝つな!」という指示が出ている。勝ってしまえば、当時最強と言われたハンガリーと当たってしまう。ただ、この指示がプレーしている選手全員に伝わらず、ペースを落とす者がいた一方で、ムキになって攻撃しようとした選手がいた……というのはオールドファンには有名な笑い話だが、それに比べればなでしこたちはふてぶてしいまでに落ち着いていた。まったくの無欲で大会に臨んだメキシコの勇士たちとは違い、「そういうこともあるかも」という想定ができていたということなのだろう。強いチーム、最初からメダルを期待されていたチームでなければできることではない。

 なので、あまり心配をする必要はないとは思うのだが、しかし、楽観できる材料も決して多くはない。
 初戦のカナダ戦の前半44分に宮間のヘッドが決まってから、すでに226分もなでしこはゴールから遠ざかってしまっている。ストライカーとして抜群の働きをみせている大儀見にも、まだゴールはない。大津の、永井の、そして釜本のゴールが証明しているように、エースストライカーの一撃はチームを著しく活気づける。野球で言えば、4番の一発。それを欠いたままで決勝トーナメントを迎えなければならないのは、正直、あまり歓迎できる材料ではない。

 W杯の時も1次リーグ最終戦の内容は芳しくなかったが、決勝トーナメント1回戦で当たった相手は優勝候補にして地元のドイツ。調子の善し悪しなど関係なく、自動的に選手たちの闘志と勢いにスイッチを入れてくれる存在だった。今回、イギリスと当たるようなことがあれば同様の効果が期待できたが、ブラジルとなると、なでしこたちは自分たちの力でスイッチを入れるしかない。

 簡単なこと、ではない――男子の常識であれば。

 だが、そうした常識を次々と打ち破ってきたからこそ、なでしこのいまはある。いつもであれば、得点力が落ちている以上、ブラジル相手に先制点だけはとられてはいけない……などと心配のタネが次々と芽吹いてしまうのだが、ここは一つ、何も言わずに見守ろう。確かに低調な南アフリカ戦ではあったが、佐々木監督、選手たちにとっては、想定内の低調であったはずだから。

<この原稿は12年8月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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