遅きに失したきらいはあるが、導入を決定したこと自体は評価したい。
 去る7月5日、スイス・チューリヒで開かれた国際サッカー評議会で、FIFAは「科学の目」を正式に導入することを決定した。
 報道によればFIFAは今冬、東京で行われるクラブW杯を皮切りに、2013年コンフェデ杯、14年ブラジルW杯でも採用したい意向のようだ。
「科学の目」の正式名称は「ゴールラインテクノロジー」。今回、導入されるゴール判定技術はテニスなどで実績がある映像解析システムの「ホークアイ」と、磁場でボール位置を判別する「ゴールレフ」の2つ。

 前者はゴール裏に設置した6台(両サイド計12台)のカメラでボールの動きをとらえ、3次元で正確な位置を把握する。ボールがゴールラインを通過すると審判の腕時計に信号が送られる仕組みだ。
 判定にかかる時間は1秒以内。これで試合の流れを寸断したくないというFIFAの要求をクリアした。手がけるのはソニー・ヨーロッパの子会社。テニスの全英オープンや五輪でも同社の技術は使われている。

 一方、後者はボールにマイクロチップを埋め込み、ゴール周辺の磁場の変化からボールの動きを感知するというもの。判定に要する時間は、こちらも1秒以内だ。

 言うまでもなく誤審は試合をブチ壊すのみならず、サッカーの魅力をズタズタにする。
 南アフリカW杯でのベスト8進出を懸けたドイツ対イングランド戦がそうだった。

 イングランドが0対2から1点を返した直後の前半38分、イングランドのMFフランク・ランパードが放ったシュートはクロスバーを叩き、ゴールの内側に落ちてバウンドした。ところがウルグアイ人主審のホルヘ・ラリオンダはゴールを認めず、流れは再びドイツに傾いた。

 後半、前がかりになったイングランドに対し、ドイツはカウンターアタックを仕掛けて2点を追加し、4対1で勝利した。
 終わってみれば3点もの大差がついたが、もし2対2のまま推移していたら、試合はどうなっていただろう。

 イングランドはオール・オア・ナッシングの攻撃に打って出る必要がなかった。試合はさらに緊迫感を増し、W杯史上に残る名勝負に昇華した可能性もある。
 そう考えると、返す返すも残念な試合だった。
 もっとも因果は巡るもので、1966年のイングランドW杯決勝では開催国のイングランドが“誤審”の恩恵に浴している。

 対西ドイツ戦。2対2で迎えた延長前半11分、イングランドのFWジェフ・ハーストが放ったシュートはクロスバーに当たり、ほぼ垂直に落ちた。
 スイス人主審のゴットフリート・ディーンストは線審に確認をとった上で、これをゴールと認め、さらにもう1点を追加したイングランドが悲願の初戴冠を果たすのである。

 ドイツ人からすれば「44年前の借りを返してもらった」ということになるのだろう。しかし誤審が原因による因縁の物語というのは、どう考えてもバカげている。

 先のEURO2012でも、“幻のゴール”があった。
 グループリーグのウクライナ対イングランド戦において、ウクライナのFWマルコ・デビッチのシュートがGKに当たり、ゴールへとこぼれた。これをイングランドのDFジョン・テリーが掻き出し、レフェリーはゴールと認めなかった。

 しかしリプレーで確認したところ、シュートは明らかに空中でゴールラインを割っており、ウクライナにとっては悔やんでも悔やみきれないシュートとなった。
 結局、ホストカントリーのウクライナは0対1で敗れ、決勝トーナメントに進めなかった。
 翌日、UEFAの審判部長はこの判定を「誤審」と認めたが、もう後の祭りだった。

 これを受けてFIFAのゼップ・ブラッター会長は自身のツイッターで、こう述べた。
「昨日の試合を観たあととなっては、GLT(ゴールラインテクノロジー)は、もはや選択肢ではなく、必要不可欠なもの」

 しかし、レフェリーの中には、ハイテク技術の導入に反対の者も少なくない。南アフリカW杯のドイツ対イングランド戦でミスを犯したウルグアイ人主審は「審判も過ちを犯す人間。(誤審も)試合の一部だ」と開き直っている。

 逆だろう。人間はミスを犯す生き物だからこそ科学の力を借り、誤審の撲滅に務めようと考えるのが筋ではないのか。ハイテク技術は審判の敵ではなく、味方なのだという視点が欲しい。

<この原稿は『経済界』の2012年8月21日号に掲載されたものです>
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