「日本のキックボクシングはムエタイのことを分かっていないんですよ」
 ムエタイの本場タイで頂点を目指す梅野ははっきりと、そう口にする。
 同じムエタイでも日本とタイとでは大きく異なる。日本では純粋なスポーツであるが、タイのムエタイはギャンブルの性格も持つ。観客がどちらが勝つかを賭けて楽しむのだ。
 そのため、1R、2Rはいわば“品定め”の時間。よって、ここで試合の決着がつくことはまずない。最初の2Rで両者の調子や実力が見極められ、賭け率が変動していく。本当の戦いは3R以降なのだ。そして4R終了時で優劣がつくと、勝っている側は最終5Rはポイントアウトに徹する。もし下手に攻めて、カウンターでKOをくらえば賭け主から何を言われるか分からない。

 またラウンド間のインターバルは2分と長い。表向きの理由は選手がより良い状態で試合をするため。しかし、実際には観客が賭ける時間を設けているのだ。ジャッジの判定基準も違う。賭けと連動するゆえに見栄えが重視され、キックはガードの上からでも有効打ととられる。蹴りを防ぐのではなく、いかにかわすか大切になるわけだ。

 バランスや姿勢といった見た目の印象も問われ、マットに倒れ込んだり、疲れた表情を見せるとジャッジのつける点数は明らかに辛くなる。
「でも、本当に重要なのはジャッジの点数よりも賭け率ですね。両者の賭け率がどうなっているかで戦い方が変わってくる。賭け率が開いていたら、一発逆転を狙わなくてはいけない。だからインターバルではセコンドに必ず賭け率を聞くんです」

 試合途中で水が飲めない!?

 タイでは実力は当然のことながら、こういった文化を理解せずして、試合に勝つことはできない。梅野が現地で貴重な体験をしたのが、今年2月のルンピニースタジアムでのゴンナパー・シリモンコン戦だった。前年に2008年のムエタイMVP、ウティデート・ルークプラパートを破ったことで梅野はルンピニースタジアムで日本人初のフェザー級ランカーとなり、満を持してムエタイの母国へ乗り込んだ。

 現地のムエタイ情報誌でも取り上げられ、梅野は存在をアピールしようと立ち上がりから果敢に攻めた。
「1、2Rは一方的だったんですけど、そこで倒しきれなかった。相手は後半に力を温存していましたからね」
 タイではジャッジも賭けを考慮して、序盤のラウンドでは大差をつけない傾向がある。“品定め”が終わると、3R以降、ゴンナパーは接近戦で得意のヒザ蹴りを次々と繰り出してきた。ここでポイントを稼がれ、悔しい判定負けを喫した。

 しかも3R以降、梅野は水分を摂れなかった。賭け主が次々とコーナーサイドにやってきて、用意されていた水をどんどんかけて激励に来たからである。梅野陣営には十分なセコンドが揃っていなかったこともあり、水がなくなったことに気づかなかった。
「水を飲めなかったのはキツかったですね。それにタイでは賭けた選手を勝たせようと、観客がインターバルでいろいろとアドバイスしに来る。“首相撲に付き合うな。蹴って突き放せ!”とか。目が肥えているだけに言っていることは当たっているんですけど(苦笑)」

 勝負に出たゴンナパーとの再戦

 デビュー直後に素質を見込まれた梅野は、本場で勝つための戦い方をタイ人のトレーナーから教わってきた。ジムの会長である加藤は「最初の基本的な部分は僕が教えましたけど、その後は段階に応じてウワン、ビンという2人のトレーナーに任せています。去年からはスピードやテクニックで負けないようにウワンがメインで担当するようになりました」と育成プランを明かす。現在、専属でトレーニングを見てくれるウワンには梅野も「テクニシャンで頭がいいので、教えるのがうまい」と全幅の信頼を置いている。

「日本だと相手の攻撃を受けてからカウンターで返すという教え方をするんですけど、それだとタイでは勝てない。ウワンの場合は打たれないように避けて返したり、相手の技に合わせて、こう動けば先に当てられるといったことを教えてくれます。一番言われるのは、“離れたら強いとか、首相撲が強いというだけではダメだ”と。“パンチも蹴りも含めて、すべての面で強くならないとチャンピオンにはなれないぞ”と、常に言われています」

 ゴンナパーに敗戦後、梅野はひとつの“賭け”に出た。リターンマッチを希望したのである。
「もう1回やったら勝てる」
 現地の“洗礼”を浴びて敗れたとはいえ、実際にリングで向き合っても力の差は感じなかった。とはいえ再戦して、またも相手の軍門に下れば、その地位は一気に低下する。ここまで本場の強豪を倒して積み上げてきた実績が無になるリスクをはらんでいた。

「“今度は絶対に負けない。すぐに試合をしたい”と本人も強く訴えていました。確かに僕も試合を観て、“梅野なら、もっとできたはず”と感じました。それでプロモーターを説得して再戦を実現したんです」
 加藤の尽力もあり、タイでの黒星から2カ月後の4月15日、今度は東京・ディファ有明に場所を移して再びゴンナパーと激突した。前回の反省を生かし、相手の首相撲に付き合わず、距離をとって戦った。それでも組み付いてくる相手にヒジを当て、ペースを握る。迎えた4R、接近戦に持ち込もうとしたゴンナパーにヒジを連打。これがヒットして出血し、流れは一気に梅野へ傾く。戦意を喪失したタイ人を一方的に攻め立て、大差の判定勝利を収めた。敵に勝ち、己に克ち、キックボクサーとしての将来を左右する賭けに勝利した瞬間だった。

“黄金の88年世代”の一員に

 かつては一世を風靡した日本のキックボクシングも現状は複数の団体が乱立し、“タコつぼ化”している感がある。日本チャンピオンが何人もいてはスポットライトを浴びる機会はますます少ない。国内での戦いに終始し、そこから“大海”に打って出るというビジョンが見えづらくなっている。「チャンピオンになれば生活が変わると思っていたのに、相変わらずアルバイトをしないといけなかった……」。選手から、そんな切実な声が聞こえてくる。

 もちろん梅野も例外ではない。つい最近まではジムのオーナーや先輩に職場を斡旋してもらい、基本的に週6日、働いていた。練習は仕事が終わった後の夜の7時から10時まで。それから食事をしたりしていると、就寝は12時を回る。疲れていても翌朝には普通に起きてランニング。その後、当たり前のように職場に出かける。
「そりゃ、両立は大変ですよ。でも、結果を出さないと待遇も良くならない。負ける選手は結局、たいした練習をしていないってこと。努力が足りないか、努力をしているつもりになっているだけでしょう」

 まっすぐ前を向いて、そう話す23歳には20代前半とは思えない覚悟がにじみ出ている。この道以外に生きる道なし――鋭い目つきにはそう書いてある。奇しくも同学年には野球の田中将大(東北楽天)、坂本勇人(巨人)、サッカーの香川真司(マンチェスターユナイテッド)、ボクシングの井岡一翔(WBA世界ミニマム級王者)、体操の内村航平(ロンドン五輪男子個人総合金メダリスト)……各競技できらめくアスリートが大勢出ている。

「キックボクシングだって他の競技に負けていないと僕は思っています。でも、世間の見方はそうなっていない。野球選手やサッカー選手が憧れの目で見られるのと同じように、“すごいな”と思ってもらえる存在になりたい」
“黄金の1988年世代”に名を連ねる資格は梅野にも十二分にある。世界で認められることで日本の格闘技に対するイメージや環境を変え、その枠にとどまらないヒーローへ――。梅野は大いなる野望を抱き、まずは10月、K-1のリングに上がる。

(おわり)
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梅野源治(うめの・げんじ)プロフィール>
1988年12月13日、東京都生まれ。PHOENIX所属。07年11月にプロデビュー。10年7月にWPMF日本スーパーバンタム級王座を獲得したのを皮切りに、WBCムエタイ日本同級王座、M-1フェザー級王座と4カ月の間に3つのタイトルを獲得。11年9月には08年のムエタイ最優秀選手、ウティデート・ルークプラバートに4RKO勝ちを収めるなど、ムエタイの本場タイの強豪を次々と撃破。日本人で初めてルンピニースタジアムのフェザー級ランカーとなる。同年11月にはWPMF世界スーパーフェザー級王者に。この10月にはK-1へ初参戦。戦績は23戦21勝(10KO)2敗。178センチ。
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(石田洋之)
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