フランス戦が終わったあと、沖縄の居酒屋でトルシエと食事をすることになった。焼きとりをつまみにビールを飲む元日本代表監督は、母国の思わぬ敗戦にもご機嫌だった。
「試合前、フランスの多くのメディアから取材を受けて、そのたびに日本は強い、フランスはやられるかもしれないぞと言ってきたんだが、誰も本気にしなかった。結果はご覧の通りさ。日本がもう少し勇敢に戦っていたら、もっと点差がついていた可能性さえあった」
 10年前、彼は日本代表が世界で結果を出していくための条件として「十数人の選手が欧州でプレーするようになること」と言っていた。いま、日本サッカーはその“ノルマ”をクリアし、フランス代表を敵地で倒すまでになった。

 では、次の“ノルマはなんだろうか。トルシエの考えはこうだった。
「ディテールだな。勝つために、ゴールを決めるために、ボールを奪うための、ちょっとした要素。基本をクリアした上での、ほんの少しのプラスアルファ。マスターするのは簡単なことではないが、でも、マスターしなければ世界一にはなれないだろう」

 実をいうと、話を聞いた時はそれほどピンときたわけではなかった。だが、ブラジル戦を終えたいまは、トルシエが言いたかったであろうことがよくわかる。たとえば、それはパウリーニョの先制点だったのではないか、と。

 試合後にブラジルのマノ・メネーゼス監督が「ボールを長いことキープされたが…」と語ったように、純粋なボール保持率だけを比較すれば日本の方が優勢だった。しかも、前半のかなりの時間は、ただ保持しているだけでなく、そこから決定的な形を生み出してもいた。そんな流れを一撃で変えたのが、パウリーニョだった。
 あのシュートは、トーキックだった。

 日本の選手はうまくなった。欧州でプレーする選手も増えた。けれども、ゴール正面およそ30メートルの地点から、トーキックでゴールを狙おうとする日本人選手は、いない。きれいに崩して、芯を食った会心のシュートを狙う選手はいても、歪でもいいからGKのタイミングを外して押し込んでしまえ、と考える選手はいない。

 ディテールを究めるということは、つまり、コーチや監督が教えきれない細かい部分を選手個人がどれだけ考え、追求していくか、ということではないか。いまはそんな気がしている。
 今回の遠征で、日本が世界のトップクラスと戦えることは証明された。世界一を目指すには足りないものも明確に見えてきた。

 ちなみに、日本にホームで敗れたフランスは、敵地でスペインと引き分けることに成功している。

<この原稿は12年10月18日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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