大方で予想された以上のノニト・ドネアの完勝だった。
 10月13日にカリフォルニア州カーソンで行なわれたWBC・WBO世界スーパーフェザー級タイトル戦で、王者のドネアがWBC同級名誉王者の西岡利晃に9ラウンド1分54秒TKO勝ち。序盤から軽々とペースを掌握したドネアは、1ラウンドから着々とポイントを奪取していった。6ラウンドには左アッパーで西岡をダウンさせると、9ラウンドには右カウンターで再びダウンを奪ってのストップ勝利。スピードとスキルで力の差を見せつけ、最高の体調で大一番に臨んだという日本の雄をまったく寄せ付けなかった。
(写真:ドネアと西岡のSバンタム級頂上決戦にはアメリカのボクシングファンからも注目が集まった Photo by Kotaro Ohashi)
 開始ゴング直後からファンを苛立たせてしまった西岡の消極戦法は少々残念ではあった。強打のドネアが相手なら慎重にスタートするのは当然としても、第1ラウンドに放ったパンチが8発のみではブーイングを浴びても仕方ない。アメリカで戦おうと思えばエンターテイメント性が問われるのは当然で、そこまで含めた上での“本場のリング挑戦”ではなかったか。

「試合運びの上手さが長所の西岡が相手では、あまりエキサイティングな試合にならないのではないか。(プロモーターの)トップランク社と(放送局の)HBOはそれを懸念している」
 この試合が決定するよりも前に、あるフィリピン人記者が筆者にそう語ってくれたことがあった。日本びいきのドネア本人が挙行を望みながらもなかなか決定に至らなかった背景には、そんな理由も一因としてあったに違いない。そして、その懸念は少なからず的中してしまった感がある。

 もっとも、試合がワンサイドになったことに関しては、西岡を責めるよりもドネアを誉めるべきだろう。ここ数戦はやや精彩を欠いていたフィリピン産の4階級制覇王者だが、西岡戦では久々にバランスの良いボクシングを見せてくれた。
(写真:9ラウンドにドネアが右カウンターで決定的なダウンを奪う Photo by Kotaro Ohashi)

「過去何戦かでは退屈してしまっていたけど、この試合に対しては集中することができた。西岡はこれまでのキャリアで実力を証明していたし、チャレンジしてくることが分かっていたからね」
 試合後のそんな言葉が示す通り、西岡の最大の武器である一撃必倒の左をもらってはいけないという警戒心はドネアの中でも強かったようである。自分のパンチが当たり、西岡のそれが届かない距離を常に保ち、序盤からジャブとショートパンチで丁寧に試合を組み立てていった。

 2011年2月のフェルナンド・モンティエル戦で魅せた破壊的な2ラウンドKO劇で、ドネアは全米のボクシングファンにその名をアピールすることになった。ただ、この試合の“二日酔い”か、もともとサービス精神旺盛な性格のためか、以降のドネアはやや大振りが目立ったのも事実。おかげでスーパーバンタム級に上げて迎えた今年2月のウィルフレド・バスケス戦、7月のジェフリー・マセブラ戦では被弾するケースも多く、その評価を停滞させてしまった。

「この試合はワンパンチで決まりかねないと思っていたし、ミスした方が負けて、ミスにつけこんだ方が勝つと思っていた。実際にその通りになったね」
 後にそう語った通り、西岡戦でのドネアのパンチは非常にコンパクトで、6ラウンドにダウンを奪った直後を除き、ほとんどスキを感じさせることはなかった。
(写真:6ラウンドのダウン後には西岡もよく反撃したが…… Photo by Kotaro Ohashi)

 その戦い方で最後はKOしてしまうのだから、やはりこの選手の破壊力は頭抜けている。いや……もともと身体能力とスピード、パワーに恵まれたドネアは、おそらくは必要以上にKOを意識しない方がより有効に相手にダメージを与えられるのかもしれない。

 こうして久々に会心のパフォーマンスで4戦ぶりのKO勝利を飾り、ドネアの今後がさらに楽しみになってきた。
 これまでのキャリアを見る限り、基本的にこの選手にリング上でできないことはないようである。西岡戦のようにスピードと手数を生かした戦いを続ける限り、格下に不覚を取ることは考えづらいし(相手次第で再び油断して大振りになることはあり得るが)、豪快KOもまた披露できるだろう。

 次の標的としては、メキシコのケンカ屋、ホルヘ・アルセとの対戦が年内にも噂される。このアルセ戦、あるいは所属プロモーターの垣根を越えたアブナー・マレス戦(ドネアのトップランク社とマレスが所属するゴールデンボーイ・プロモーションズは犬猿の仲)が実現しても、それほど手間取ることもなくドネアが勝利を飾るはず。そうなると、ライバルとして特筆すべきは、Sバンタム級ではWBA王者のギジェルモ・リゴンドー、フェザー級では元王者のユーリオルキス・ガンボアといったキューバ勢となるだろうか。

 リゴンドー、ガンボアともにトップランク所属だけに本来ならマッチメイクは容易なはずだが、どちらも米国内にファンベースがなく、興行的には実は難しい。
 アマ時代は伝説的存在だったリゴンドーも、プロではまだ強豪との対戦経験に乏しく、ドネア本人も「彼はもっと僕をエキサイトさせる必要がある」と当面の直接対決には消極的。ガンボアもすでにスーパーフェザー級で試合をこなしているだけに、階級に差があるドネアとの“頂上対決”があるとしても、しばらく先のことになりそうである。

 こう見ていくと、魅力的な対戦相手の選択肢が限られているのが残念なところ。ただ、それでもドネアはどんな選手と戦わせても観る価値のある貴重な軽量級選手であることは確かだし、西岡戦でその魅力が再認識された感もある。

 確かな実力、明るい笑顔、礼儀正しい性格を備え、9歳で米国移住しただけに英語でのスピーチも完璧……さまざまな要素から考え、アメリカのリングで“真のスーパースター”と呼べる位置にたどり着けるポテンシャルがある軽量級ボクサーはドネア以外に存在しない。同国の先輩マニー・パッキャオのようにウェルター級戦線まで参入することは非現実的としても、近い将来にライト級あたりまで席巻していっても特に驚くべきではない。
(写真:スター候補となっても謙虚な態度に変化はない Photo by Kotaro Ohashi)

 西岡を一蹴することで、日本でも知名度を上げたであろう小さな天才ボクサーの未来に注目が集まる。このまま期待通りにドネアが上昇していったとしたら、10月13日のハイライトも頻繁に流され続けるはず。
 そのときには、ドネア対西岡戦は“日本ボクシング界に刻まれる一戦”にとどまらず、“軽量級史に残るボクサーのキャリアにとっての重要な1ページ”にもなっていくのだろう。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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