今夏、ロンドンオリンピック・パラリンピックが開催されました。だいぶ時間が経ちましたが、読者の皆さんは、どんな場面を覚えているでしょうか。では、そのたくさんの感動シーンの中に、どれほどパラリンピックのシーンがあるでしょうか。「あれ?そういえばあんまりないなあ」と思う方はたくさんいることでしょう。そうなんです。パラリンピックは、その情報がまだまだ多くの人に届く機会が少ないのです。
 昨年、スポーツ基本法が施行されました。私見を述べれば、これはとても良い法律だと思っています。その基本理念には「スポーツは、障害者が自主的かつ積極的にスポーツを行うことができるよう、障害の種類及び程度に応じ必要な配慮をしつつ推進されなければならない」と掲げられています。また、すべての国民は、「日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画することのできる機会が確保されなければならない」ともあります。世界共通の文化であるスポーツを、すべての人がする社会にしていこうというものなのです。

 先月、『挑戦者たち』の「二宮清純の視点」ではロンドンパラリンピックで団体競技初の金メダルに輝いたゴールボール女子のキャプテン小宮正江選手と司令塔の浦田理恵選手との対談が掲載されました。ゴールボールはもともと戦争で視覚に障害を受けた傷痍軍人のためのリハビリテーションプログラムのひとつとして考案されたものです。それが徐々に競技化されていき、男子は1976年のトロント大会からパラリンピックの競技として採用されました。女子は2004年アテネ大会からです。

 小宮選手と浦田選手の視力は「網膜色素変性症」という病気によって悪化しました。現在は二人ともほぼ全盲です。浦田選手は20歳を過ぎたころから急激に視力が落ちました。友人にもご両親にも話すことができず、怖くて病院に行くことさえできずにいたそうです。そして、一人暮らしのアパートに1年半も引きこもってしまいました。その浦田選手は今、「ゴールボールのおかげで人間を磨かせてもらっている」と言います。「自己主張するだけではこの競技は勝つことはできません。周りをよく見て察し、相手の気持ちになるなど、生きていくうえで大切なことを教えてもらいました」とも言っています。

 また、「視力が衰えて、だんだん見えなくなっていくけれど、逆に視野が広くなっていくんです」とは、小宮選手の言葉です。彼女は少しずつ見えなくなっていく恐怖の中でゴールボールに出合い、世界一を目指すようになると、その恐怖のことを忘れたのだそうです。視力を失うという想像を絶する恐怖を忘れさせてくれるほど夢中になれるスポーツ。2人には、スポーツには計り知れない力があることを教えてくれました。

 以前にこのコーナーで、ボッチャについてご紹介したことがあります。現在高校3年生の奈良淳平選手は脳性まひという障害があります。彼はボッチャで次のリオパラリンピックを目指しています。2011年には最も重い障害のクラスで日本チャンピオンに輝いた実績をもつ奈良選手はこう言います。
「ボッチャに出合うまでは自分はスポーツとは縁がないと思っていました。スポーツはただ見るだけのもの、と。でも今は違います。僕はスポーツをやっているんです。そしてその楽しさがわかりました。喜びを感じています」
ボッチャは、奈良少年にとってスポーツを、「見る」だけのカテゴリーから、「する」カテゴリーに変えてくれたのです。

 障害者がスポーツをすることの意味

 スポーツクラブで汗を流したり、最近はマラソン人気でランニングを楽しむ人も増えています。日本人にとって、ランニングは手軽に始められるスポーツですが、車いすで走るとなると途端に難しくなります。また残念ながら多くのスポーツクラブは、障害のある人が快適に通う仕組みが整っていないところも多いのが現状です。無理もありません。少し前までは、障害のある人がスポーツをすることを知っている人は決して多くはありませんでした。予想もしていなかった人もいたことでしょう。脊椎損傷や頚椎損傷などで下半身が麻痺した人は医師がスポーツを禁じていた時代もあったくらいです。しかし、時代は変わりました。少しずつ障害のある人にもスポーツをする機会が増えてきています。

 先述したように昨年はスポーツ基本法が施行され、スポーツはすべての人にとって大切なものとなりました。いま、私たちは、障害のある人ない人みんなで集まるスポーツクラブの準備を進めています。「すべての人が好きなスポーツを継続してできる社会」まで、そんなに遠い道のりではないはずだと、私は信じているのです。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。