大盛況に終わったロンドンパラリンピックから、もうすぐ3カ月が経とうとしています。これまで日本ではパラリンピックについての報道が少なかったこともあり、一般の人たちがパラリンピックを見る、知る機会は限られたものでした。しかし、近年になって少しずつパラリンピックの認知が進んできています。ロンドンではNHKだけでなくスカパーでも毎日放映され、日本人選手たちの活躍を目にする機会が増えました。私自身、スポーツや福祉に全く関係のない人たちからもパラリンピックの話題がのぼって驚いたことは1度や2度ではありませんでした。そして3カ月経った今、改めて日本におけるパラリンピックへの注目が集まってきている こと を実感しているのです。
(写真:ロンドンパラリンピックの金メダル)
 コミュニケーションをテーマに事業展開している、私たち株式会社パステルラボでは、障害者の就職サポートも行なっています。NPO法人STANDとの連携もあり、障害者スポーツに関わる人たちの就職のお手伝いにも注力しています。これまでは企業側からの依頼は少なく、障害者側からの就職相談ということの方が大きな割合を占めていました。ところが、その割合が今、大きく変わってきているのです。
「パラリンピック選手を社員と迎え入れたいので、紹介してもらえませんか?」
 ロンドンパラリンピック以降、そんなお話をいただくことが増えたのです。

 現役を引退した後も社員として働いてもらいたいという終身雇用型や、現役選手の活動を支えたいというスポンサード型など、雇用形態はさまざまです。会社の戦力としての雇用、社員の応援の対象としてのアスリート雇用など、選手と企業の関係性も、お互いがよく話し合って、独自の道を切り拓いています。いずれにしても、これは、障害者スポーツ選手に企業の活力としての存在価値を見出しているということの証です。

 先日、依頼を受けたのは若い女性社員の多い企業でした。その企業の幹部の方がNPO法人STANDが運営しているウェブサイト「挑戦者たち」を見て連絡をくださいました。求めていたのは「パラリンピックを目指している女性アスリート」でした。

「私たちの会社は扱っている商品も若い女性向きのもので、実際に働いている社員も女性がほとんどです。ですから、元気のいい女性アスリートなら社員が共感しやすい。会社としての活力にもなってくれるだろうと。所属選手を応援することで、社員のチームワークが高まり、雇用している他の障害者にとっても高い意識が生まれると期待しています」
 これが依頼の理由でした。この話を聞いて、「障害者アスリートの存在価値が高まってきたなぁ」と思わずにはいられませんでした。

 企業がアスリートに期待すること

 また、企業の活力のみならず戦力としての期待もあります。企業がアスリートを雇用したいと思う理由のひとつには、アスリートがそれまで培ってきた人間性や国際的コミュニケーション能力などが企業の戦力となると考えているからです。アスリートは世界を目指し、絶え間ない努力をし、プレッシャーと戦う日々を過ごしています。そこで養われた身心のタフさ、そして国際舞台で養われた感覚は、グローバル化が進む現代において、大きな強みとなり得ると考えられているのです。

(写真:金メダリストとなり、就職も決まった秋山さん)
 ロンドンパラリンピック、競泳100メートル背泳ぎ(S11)で悲願の金メダルを獲得した秋山里奈さんは、来年3月に明治大学大学院を卒業します。そのため、ロンドン前には「私、ロンドンから帰ってきたら就職活動をしなければいけないんです」と就職への不安を口にしていたこともありました。ところが、それは杞憂に終わりました。金メダリストとなった秋山さんには帰国後、就職斡旋の話がいくつもあり、約1カ月後の10月には大手の外資系製薬会社からの内定を得たのです。

 オリンピック選手がメダリストとなるか否かは、現役引退後の活動にも大きくかかわってきます。しかし、これまでパラリンピック選手はメダルを獲ったことさえも認知されていませんでした。いえ、それ以前に誰が日本代表として出場しているのかということさえも、知っている人はほんの一握りでした。それが今では、パラリンピックでメダルを獲ることが、オリンピックと同じように、一つのステータスと化し、企業の方から就職の案内が来るようになったのです。 

 こうした事例から、一般のスポーツ選手と同じように障害者がアスリートとして競技に取り組むことが、その人の人間力を高め、それが社会人としての価値を高めることになる、と捉えられるようになってきたことは明らかです。だからこそ、企業は障害者アスリートに関心を寄せ、戦力として期待を膨らませているのです。こうした障害者スポーツ界の変化によって、「障害のある人が企業で働くことは、本人はもちろん、企業側にとっても価値がある」という考えが促され、障害者の新しい働き方を模索する契機になることをを願っています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。